ベンチ外の先輩が泊り込んで雑用…上下関係にうるさくない校風/荒木大輔〈4〉
1980年の夏、甲子園は間違いなく、荒木大輔のものでした。3試合連続完封、44回3分の1を無失点で決勝に進出します。1年生にして、あれよとエース急成長。周囲に動じない俯瞰(ふかん)の視野が光ります。(2017年7月16日掲載。所属、年齢などは当時。敬称略)
高校野球
★相手の反骨心を逆手に
背番号「11」をつけた1年生エース、荒木は投げ続けた。1回戦の北陽(大阪)戦の完封から無失点投球を続けると、準決勝の瀬田工(滋賀)戦は、再び7安打完封の快投で、55年ぶり2度目の決勝進出を決めた。
これで3試合連続完封。44回1/3連続無失点で、39年の嶋清一(海草中)、48年の福嶋一雄(小倉)が樹立した大会記録の45回にあと2死まで迫った。
1回戦の北陽戦で幕を開けた“大ちゃんフィーバー"は、クライマックスを迎えようとしていた。
「無心だったことと、あとはマスコミの人が取り上げてくれたことで、相手がすごく意識してくれた。1年生相手にね、高校生ぐらいなら、余計。このやろうみたいな感じで力む。そしたらちょうどいい感じで(シュートする直球が)沈んで。力みで、ゴロになった。騒ぎが騒ぎを呼んで、大きくなればなるほど、そういう力は出てきたと思う」
甲子園から宿舎に戻るバスは、正面玄関前で待つファンを避けるように、右翼スタンド側から出るようになった。
阪神甲子園駅近くの宿舎に集まる女性ファンの熱気も、日増しに高まっていた。試合以外の時間は、宿舎にこもって過ごす日々。エースとはいえ1年生だった荒木。他の学校だったら、雑用も多かったはずだったが、早実は違った。
★「お前らはいい」
大会期間中は、ベンチ外の上級生が、宿舎に泊まり込み、ユニホームの洗濯などの雑用をこなしてくれた。
「早実は今もそうだけど、上下関係でうるさいことはなかった。上級生が大人だよ。変な足を引っ張ることは、昔からない。宿舎で手伝いや雑用するのが先輩なんて、あり得ないじゃん。でも、オレはお前らに連れてきてもらっているから、お前らはいいって言うんだよ。(早実)清宮が1年生から活躍できたのも、早実ならではだから」
決勝の相手は、元中日の愛甲猛を擁する「東の横綱」、横浜(神奈川)だった。

東京都出身。2000年入社。
写真部、盛岡支局を経て、05年11月から野球部に所属。担当歴はロッテ―アマ野球―ヤクルト―アマ野球―NPB―遊軍―巨人。
直近は原監督が復帰した19年から2年間巨人を担当し、21年から野球部デスク。