【楽天週間〈5〉石井一久GM兼監督】飄々に隠す信念「概念を覆せる指導者でいたい」
楽天特集、最終回は石井一久GM兼任監督のロングインタビューです。かわいがってくれた桑原幹久記者(レース部に異動、競馬記者に)の求めに応じ、旺盛なサービス精神を発揮。球界の現状に異を唱える本音にとどまらず、ステキな写真までありがとうございます!(2021年1月3日掲載。所属、年齢などは当時)
プロ野球
「全権監督」胸の内は―。楽天石井一久ゼネラルマネジャー(GM)兼任監督(47)が、年男で迎える2021年の新春インタビューに応えた。監督就任を決断した理由、理想の監督像、休日の過ごし方…緩急自在に自らを語った。
◆石井一久(いしい・かずひさ) 1973年(昭48)9月9日、千葉県生まれ。東京学館浦安から91年ドラフト1位でヤクルト入団。ポスティングシステムで02年ドジャース入団。05年にメッツへ移籍し、06年ヤクルト復帰。07年オフにFAで西武移籍。13年引退。日米通算524試合で182勝137敗1セーブ、防御率3・80。主な記録は97年9月2日横浜戦でノーヒットノーラン達成。通算1500奪三振をプロ野球最速で達成した。日本一を5度経験。家族はフリーアナウンサーの彩子夫人と1男。
?全て自分で決める
97年。プロ6年目で年男だった石井一久は、横浜スタジアムでノーヒットノーランを達成した。「あ、本当ですか。ノーヒットノーランされないように頑張ります(笑い)」。24年後の2021年。4度目の年男をGM兼任監督として迎える。
「監督として初めてのシーズンなので、楽しみかなと思います。監督、指導者を未経験で、どうのこうのと結構、言われたりするんですけど。そういう概念を覆していくことも、野球界に必要かなと。波風たたない無難な話をされるので、よく皆さんは。ただそれが正解だと決めつけた議論や仮説は、これからの野球界にとって良くない。概念を覆せるような指導者として、僕はそこにしっかりといたいなと思っています」
監督に興味はなかった。ただ、やりたくない、とは違う。
「別に監督をしたいとも思っていなかった。メジャーに行くことが、最大の自分の中の欲だった。それ以降は自分の欲より、人を喜ばせてあげたい気持ちの方が強かったですね」 就任会見では覚悟の裏に「僕でいいのかなと…」と葛藤もかいま見えた。
「僕でいいのかなというよりは『両方を担う仕組みでいいのかな』と思っていました。別に、真反対の場所にいるわけじゃない。チームプランとしてぶれない方がいいと思った。新しく外から来ていただくよりは、スムーズにチームの方針を移行できるかなというところはありました」
11月7日にシーズンが終わり、3日後の10日に要請を受けた。11日の受諾まで、周囲への相談は家族だけ。妻でフリーアナウンサーの木佐彩子からは「結局、自分で決めるんでしょ」と反応された。
「もちろん、僕が決めたことに家族は全力でサポートしてくれるので助かりますね。ただ、決断はあんまり人のせいにもしたくないので、全て自分で決めていこうと。(現役時代も)ずっとヤクルトにいれば過保護にされて、それなりに不自由なくやれたと思う。でも、メジャーに行くことで苦労も背負えて、それが今の経験になっている。2本の道があったら、今まで間違えた方に進んだことはないですし、間違えた道だったのかもしれないけど、それが正解の道に変わってきた」
?理想像なし
18年9月から務めるGMとの〝二刀流〟。表に出やすい人事関連だけでなく、外国人選手の生活環境づくりなど、仕事内容は多岐にわたる。
「日本のGMへのイメージは『編成部長』ですよね。楽天では何から何まで任せていただいているので、皆さんが思っているより、すごく忙しいです。グラウンドに出ない、とかも言われたりしますけど、出ないんじゃなくて出られないんだよ、と(苦笑い)。8月くらいから急に忙しくなる。4月からというのはそんなに忙しくないというか、兼務にそんなに不安はないです」
日本ではヤクルト、西武。米国ではドジャース、メッツでプレー。選手時代に接した監督たちの特徴を、3タイプに分けた。
