【20歳のダルビッシュ手記】4球種、細身のシルエット、新庄譲りのファンサービス

2006年、日本ハムのダルビッシュ有投手にリーグ優勝の手記をお願いしました。20歳の初々しさと登場人物に、歳月を思います。注目は結びの段落。先輩からの大切な学びを、16年たった今も守り続けていることが分かります。信念、岩をも通す。(2006年10月13日掲載。所属、年齢などは当時)

プロ野球

本当にうれしいの一言です。夢のようです。昨日先発して勝利し、今日も連勝で胴上げすることができました。こんなに多くのファンが集まってくれている地元で優勝したかった。今季、勝てなくて苦しんだ。2月末のWBC日本代表の壮行試合で肩を痛め、あれから投げるのが怖く、不安でした。

当時の投球フォーム。ビジターユニホームも懐かし=2006年4月26日

当時の投球フォーム。ビジターユニホームも懐かし=2006年4月26日

清原への死球

肩の不調から変化球が投げられなかった。昨年の決め球だったシンカーは今年1球も投げていない。球種をカーブ、スライダー、ツーシームに絞った。

6月まで4勝。それでも「もう我慢できないだろうな」と自分が思うほどの状態でも、ヒルマン監督が投げさせてくれた。その期待に応えたかった。それで12勝できた。

今年、ベストの投球だったと思うのは2試合。清原さんと対決した(8月26日の)オリックス戦、そして初めて中継ぎで登板した(9月27日)最終戦のソフトバンク戦です。