【97年の伝統 東京6大学野球〈1〉】早慶戦で暴動…神宮球場を建設&拡張

ゲーム直前のヤクルトが、本拠地のグラウンドで練習できない…プロ野球を取材していた当時、どうして「6大」が優遇されるのか不思議でした。明大出身の星野仙一さんは「いつも超満員で、ホントにすごい人気だったんだ。信じられないだろうけどな」と話していました。設立の経緯を紐解けば、時代を超える存在なのだと納得です。(2015年4月7日掲載。所属、年齢などは当時)

その他野球

1925年(大14)秋にスタートした東京6大学野球リーグが、結成90周年の節目の年を迎えた。かつては職業野球(プロ野球)より人気を博し、超満員の神宮球場で花形スターが次々と誕生した。歴史と伝統をひもとく連載、「東京6大学結成90周年」の第1回は、リーグ誕生の「草創期」に迫る。早慶戦がきっかけで始まったはずの対抗戦は、明大を中心とした他大学の仲介による両大学の19年ぶり“和解”によって、正式結成に至った。

★「大正十四年四月一日午後六時、明治大学ニ於テ」

「明治大学野球部創部100年史」のページをめくる。

大正14年(1925年)の項に、当時の生々しいやりとりが残されている。

「大正十四年四月一日午後六時、明治大学ニ於テ左ノ通リ決議ス

早慶戦復活問題ノタメ種々協議セシ所、来ル十五日午後六時慶応ヨリ回答スベキニ付、同日更ニ協議スルコト決ス」

幹事校だった明大の一室に、6大学の代表者が集まった。議題は「早慶戦の復活」だった。

東京都出身。2000年入社。
写真部、盛岡支局を経て、05年11月から野球部に所属。担当歴はロッテ―アマ野球―ヤクルト―アマ野球―NPB―遊軍―巨人。
直近は原監督が復帰した19年から2年間巨人を担当し、21年から野球部デスク。