【97年の伝統 東京6大学野球〈2〉】1957年11月3日 長嶋茂雄が空を飛んだ

「ミスタープロ野球」。長嶋茂雄に与えられた、極上の枕詞です。しかし…日刊スポーツのデータベースに眠っていた、この写真を見てください。当時の東京6大学記録となる通算8本目の本塁打を放ち、立教大学の春秋連覇を決めた65年前の1枚。スタンド最上段まで詰まったファンのもとへ、笑顔のまま飛んでいきそうな胴上げです。「ミスター6大学」の金看板をひっさげ、長嶋はプロの門をたたいたのです。(2015年4月8日掲載。所属、年齢などは当時)

その他野球

1957年(昭32)11月3日、文化の日。神宮の杜(もり)にスーパーヒーローが誕生した。立大史上初となる春秋連覇へ王手をかけた、対慶大1回戦の5回裏。4番長嶋茂雄(当時4年)は、宮武三郎(慶大)と呉明捷(早大)の7本を破り、東京6大学新記録となる通算8本目のホームランを放った。25年にリーグが始まって以来の歴史的1発。マウンドで向かい合った慶大の林薫投手(79=当時4年)は、その瞬間に何を思ったのだろうか─。

★慶大エース 林薫の回顧

入るとは思えない角度で上がった打球が、レフトスタンドへ突き刺さった。

慶大4年のエース林投手は「ホームランかどうかは打たれた瞬間にすぐ分かるもの。あれは低いライナー性の打球で、とても入るとは思わなかった」と、58年前の記憶を呼び覚ます。10月に80歳を迎えるが、あの瞬間だけは今も鮮やかに思い出すことが出来る。

「予定よりボール2つほど内に入ったかもしれないが、低めで、球質もよし。そこまで簡単に打てる球ではなかったはずなんだ」

林薫の3-1からの内角低めを左翼ポールすれすれのスタンドに運び、連盟新記録となる大学8号本塁打を放つ長嶋=1957年11月3日

林薫の3-1からの内角低めを左翼ポールすれすれのスタンドに運び、連盟新記録となる大学8号本塁打を放つ長嶋=1957年11月3日

それを弾丸ライナーで左翼に運び、小躍りしながら本塁を踏んだ男がいた。立大4年の長嶋茂雄。

神宮を埋めた約5万観衆の前で放った1発は、25年に始まった東京6大学リーグ史上初の通算8号本塁打となった。その後の日本野球界を代表する、スーパースターが誕生した瞬間だ。

◆東京6大学リーグ通算最多本塁打の変遷長嶋が57年秋に記録した通算8本目の本塁打は、宮武三郎(慶大)呉明捷(早大)の7本を破る当時のリーグ新記録。その後、65年秋に広野功(慶大)が8本で並んだ。67年春には法大3年の田淵幸一が慶大3回戦で通算9、10号を放ち更新。田淵は最終的に22号まで伸ばした。現在の記録は高橋由伸(慶大)の23本で、田淵が22号を放ってから29年後の97年秋に更新した。

本文残り60% (1206文字/2023文字)