【97年の伝統 東京6大学野球〈3〉】38万人が詰めかけ、全5局中継の早慶6連戦

こちらに飛び出してきそうな早大ナインのド迫力。フェンスの模様に見える観客の密度。緊迫感がビンビン伝わってくる、得点経過のイニング…早慶戦の頂点に君臨する、伝説の6連戦を再現します。克明な当時の回顧が、いかに集中した戦いだったかを物語っています。(2015年4月9日掲載。所属、年齢などは当時)

その他野球

◆早慶6連戦1960年(昭35)秋の早慶戦で、早大が2勝1敗として慶大と勝ち点4、9勝4敗で並び、早慶戦に続いて両校の優勝決定戦が行われた。当時の神宮球場に照明設備はなく、決定戦1、2戦目は延長11回日没引き分け。3戦目に早大が3-1で勝った。エース安藤元博(元東映、巨人)は6連戦のうち2回戦を除く5試合に投げ5完投、49回で自責点3の力投。3回戦では早大・徳武の猛烈なスライディングを巡り、あわや没収試合という場面もあった。

55年前の秋、神宮で球史に残る激闘が行われた。「伝説の早慶6連戦」。早慶戦で早大が2勝1敗として慶大と勝ち点4、9勝4敗で並び、翌日から優勝決定戦が行われた。決定戦1、2戦目はともに延長11回、日没引き分け。3戦目に早大が3-1で勝ち3季ぶりの優勝を決めた。6試合の観衆は38万人を超えた。6連戦を経験した早大の選手らに当時の話を聞いた。

★奇跡のバックホーム

「伝説の早慶6連戦」で奇跡のバックホームをした男がいる。早大外野手の伊田保生氏(75=当時3年)だ。

早大の大ヒーローは5試合に完投、564球を投げ抜いた安藤元博投手(故人=同3年)だが、この一世一代の好返球がなければ、慶大が優勝し、5戦目で終わっていた。

5試合に完投、564球を投げ抜いた安藤元博投手

5試合に完投、564球を投げ抜いた安藤元博投手

11月11日に行われた5戦は0-0のまま11回裏に突入。慶大は早大・安藤を攻め無死満塁の絶好機を迎えた。打席には慶大の4番渡海。

ここで早大ベンチが動く。左へ引っ張る打球の多い渡海に対し守備位置を変更した。

強肩の右翼手・鈴木を左翼へ。左翼手の伊田を右翼へチェンジした。伊田は高校時代に肩を故障、スローイングに不安があったからだ。

ところが初球、渡海の打球は皮肉なことに伊田の守る右翼へ。

定位置よりやや浅めの飛球だったが、俊足の三塁走者・安藤がタッチアップ。誰もが慶大のサヨナラ勝ちを確信した。