【THE GAME〈4〉2011年5月5日:巨人1―2阪神】岩田稔の謝罪電話

プロ野球の担当記者には「絶対に外せない試合」があります。受け持ちの選手が大きな故障をし、雌伏の時を経て復活する…その日のために取材を続けていると言っても、大げさではありません。復活への歩みを見続けてきた記者が、不慮の都合で球場に行けなくなった時、阪神の岩田稔が取った行動は。(2020年5月5日掲載。所属、年齢などは当時。敬称略)

プロ野球

◆岩田稔(いわた・みのる)1983年(昭58)10月31日生まれ、大阪府出身。大阪桐蔭―関大を経て05年大学生・社会人ドラフト希望枠で阪神入団。3年目の08年に10勝を挙げ、左のエース格に成長。09年の第1回WBCの世界一メンバー。11年防御率2.29はセ・リーグ5位、14年2.54は同2位。CSを突破して進出した14年ソフトバンクとの日本シリーズ第4戦に先発。昨季限りで引退。通算200試合、60勝82敗、防御率3.38。現役時代は179センチ、97キロ。左投げ左打ち。1型糖尿病と闘いながら、オフには啓発活動にも務める姿はファンの大きな共感を得た。

重い真っすぐと鋭利なスライダー。ゲームメーク能力。球界での評価は一貫して高く、WBCメンバーにも選出された=2009年2月24日

重い真っすぐと鋭利なスライダー。ゲームメーク能力。球界での評価は一貫して高く、WBCメンバーにも選出された=2009年2月24日

578日ぶり白星から1時間後

578日ぶりの復活勝利から1時間後、東京にいた阪神岩田から記者に電話がかかってきた。

「すまん! ホンマ、すまんかった…」

開口一番、謝り続ける。

「いやいや…そんなことより、おめでとう」

なんとか紡ぎ出した言葉は震えていたと思う。

巨人は試合に負けたが、2011年5月5日の主役を張った小笠原道大。8回に通算2000安打を達成

巨人は試合に負けたが、2011年5月5日の主役を張った小笠原道大。8回に通算2000安打を達成

11年5月5日のデーゲーム。岩田は敵地でラミレス、小笠原、長野、坂本らが並んだ巨人打線を7回1失点に抑え、09年10月4日以来の白星を手にした。10年3月に左肘を手術。地道で過酷で、先が見えないリハビリをようやく乗り越えた瞬間だった。

ヒーローインタビューでは「腐らずにと思って今日までやってきました…」と涙。それから1時間がたったころ、携帯電話の着信音が鳴った。

伝えてなかった母の死

記者はこの日、地元の兵庫県にいた。