【サヨナラ、札幌ドーム〈3〉】マウンドと…巨大な宇宙船に宮西尚生の指定席が2カ所
2022年9月28日をもって、日本ハムが札幌ドームを離れました。北海道にプロ野球のフランチャイズ制を定着させた功績は計り知れない、球史に残る球場。主として活躍した選手に思い出を聞きました。中田、ダルときたら…ゲーム終盤の番人も外せません。この球場で登板351試合を数えた宮西尚生投手(37)。
プロ野球
★国道36号の車窓から
黙々と札幌ドームの「小山」に登ったのは、実に351試合。日本ハムが誇る鉄腕、宮西は、今でも初めてマウンドを踏んだ日が忘れられない。
デビューは2008年3月25日、西武戦だった。9―1と大量リードで迎えた8回、任されたイニングは、たった1イニング。
「プロの第1歩目。あれだけ広い球場が、めちゃくちゃ狭く感じたし、たかが1イニングが2時間くらいに感じた」
無我夢中で投げた14球。時が止まったようだった。
当時の観衆は1万6410人と、それほど多くはなかった。でも、宮西の印象は違う。
「その後、何度も大観衆の中で投げたけど、やっぱりあの1発目が一番、観客が多く感じた。って言っても、周りを見る余裕はなかったんだけどね(笑い)」
関学大から07年に大学・社会人ドラフト3巡目で入団した。関西の地方リーグからプロの世界に飛び込んだ左腕にとって、札幌ドームは未知の空間だった。
入団会見前の施設見学。国道36号線を走る車窓から見上げた、真っ白な雪をいただく銀色の円屋根は、巨大な宇宙船のようだった。「『これがプロの球場なんや』って。なんとも言えん高揚感に包まれた」。冒険の始まりに、心が沸き立った。
中継ぎの柱として、勝ちパターンに定着した頃からだろうか。
