【アメフト転身】元DeNA・石川雄洋氏 楕円球に持ち替えハマスタ帰還/連載〈1〉
胆力-。物事に動じない、恐れない気力を示す。野球人は胆力を武器に、その世界で生き抜いてきた。プロ通算1003安打を放った元DeNAの石川雄洋氏(36)は、21年の引退後、アメフトに挑戦。異例の転身に踏み切った。
プロ野球
◆石川雄洋(いしかわ・たけひろ)1986年(昭61)7月10日、静岡県生まれ。清水南中から横浜に進学。横浜時代は涌井秀章(現中日)と同学年。甲子園では2年春準優勝、3年夏8強。04年ドラフト6巡目で横浜入団。主に内野手でプレーし、21年3月21日に引退会見を開いた。プロ通算1169試合に出場し、2割5分6厘、23本塁打、224打点、118盗塁。現役時代は183センチ、78キロ。右投げ左打ち。
「アンチめちゃめちゃ多かった」
世間の反応がどうかなんて、気にも留めていなかった。石川氏は現役引退から2カ月後の21年5月に突然、アメフト挑戦を表明した。アマチュア契約で、Xリーグのノジマ相模原ライズに加入した。
異例の「引退撤回」と「異種目への挑戦」に、周囲は驚きとともに「冷やかしか」「何を考えているんだ」「目立ちたいだけじゃないのか」といった懐疑的かつ好奇な視線を向けた。
さすがに参ったのでは-。温かいコーヒーを飲みながら、石川氏は穏やかな表情を変えることなく口を開いた。
「ほぼほぼが、そういう風に見ていたんじゃないですか。自分でいうのもアレですけど、アンチもめちゃめちゃ多かったので、言われ慣れていることが少なからず免疫としてありましたね。だから人がどう思うかとか別に気にならない。自分の1回の人生だし、自分の好きなように生きたらいいじゃんって思うタイプ。僕もアメフトの世界からいきなりプロ野球選手になった人がいたらそういう感じで見ると思いますしね」
横浜高からドラフト6巡目で横浜に入団。下位指名から、DeNAの初代主将に就任した。16年間、けがや競争などの修羅場をくぐり抜け、通算1003安打、118盗塁と活躍。実力に加えて甘いマスクも人気を集め、猛者が集う野球界のド真ん中を駆け抜けた。
素人相手に「こいつ手を抜いているのかな」
だからこそ、肝の据わり方が違う。横浜高の同級生がプレーしていたのをきっかけにアメフト好きになり、米国でNFL選手と自主トレをしてからアメフト挑戦は夢になっていた。
プロ野球からの引退を表明した時期、石川氏の「次なる夢」への熱意に、DeNAのスポンサーだった家電量販店「ノジマ」が親会社のチームと折衝して受け入れ話が浮上した。反対する人もいた。だが周囲に何を言われようが、チャンスがきたらつかむだけだった。プロ野球人生と同じように。
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