番長、大魔神、シゲ…25年前のベイスターズを振り返る顔は、こんなにも輝いて/対談

DeNA三浦大輔監督(49)、日本一に輝いた98年のチームメートだった日刊スポーツ評論家の佐々木主浩氏(55)、谷繁元信氏(52)のスペシャル対談が実現しました! DeNAでは、6月2~4日の西武戦で「GET THE FLAG ! SERIES 2023」を開催。三浦監督が同イベントに参加した佐々木氏、谷繁氏と当時の思い出や秘話を語り合いました。25年ぶりとは思えない臨場感をお楽しみください。

プロ野球

◆98年の横浜6月に8連勝で首位に立つと、以降は1度も首位の座を譲らず、38年ぶりのリーグ優勝。守護神の佐々木が45セーブ、防御率0・64の活躍でMVPに。先発陣も野村、斎藤隆が13勝、三浦が12勝と3人が2桁勝利を挙げた。「マシンガン打線」と呼ばれた攻撃陣はチーム打率、得点でリーグトップ。鈴木尚が2年連続首位打者、石井琢も最多安打、最多盗塁に。ベストナインには谷繁、ローズらを加えて6人が選ばれた。日本シリーズでも西武を4勝2敗で下し、権藤監督が就任1年目でいきなり日本一を達成した。

「1998年のベイスターズ」連載はこちらから!

◆三浦大輔(みうら・だいすけ)1973年(昭48)12月25日、奈良県生まれ。高田商から91年ドラフト6位で大洋(現DeNA)入団。97年にリーグ最高勝率。05年最優秀防御率、最多奪三振。15年にプロ野球記録の23年連続勝利。16年引退。通算535試合、172勝184敗0セーブ、防御率3・60。19年にDeNA1軍投手コーチ、20年に同2軍監督、今季から1軍監督に就任。


◆佐々木主浩(ささき・かづひろ)1968年(昭43)2月22日、宮城県生まれ。東北福祉大から89年ドラフト1位で大洋(現DeNA)に入団。代名詞のフォークボールで95年から4年連続最多セーブを記録し、優勝した98年は45セーブを挙げMVPに輝いた。00年に米大リーグのシアトル・マリナーズに移籍。37セーブで新人王を獲得した。日米通算381セーブ。14年、野球殿堂入り。


◆谷繁元信(たにしげ・もとのぶ)1970年(昭45)12月21日、広島県生まれ。江の川(現石見智翠館)から、88年ドラフト1位で大洋(現DeNA)入団。98年の日本一に貢献し、01年オフにFAで中日移籍。中日ではリーグ優勝4度、07年日本一。13年に通算2000安打を達成。14年から選手兼任監督となり、15年に引退するまでNPB記録の3021試合に出場。16年に監督専任となった。通算2108安打、229本塁打、1040打点、打率2割4分。

「あの甲子園球場が」

レジェンド3人を前に、部屋には独特の緊張感が漂った。司会を任された記者を優しくフォローするように、谷繁氏が先陣を切った。

谷繁さぁ、誰から、聞くの?

佐々木監督からでしょ、そこは。

2人の笑顔に背中を押され、三浦監督に「98年で一番、印象に残ってるシーンは?」と最初の質問を投げかけた。

三浦優勝した試合、あの甲子園球場がベイスターズファンで埋め尽くされて、阪神ファンがライトのちょっとだけだった。子どものころから甲子園に行ってるんですけど、正反対という感じだったのが印象に残ってます。

佐々木一番印象に残ってるのは、打たれた試合かなぁ。7月7日の阪神戦(1点リードの9回に矢野のサヨナラ打で唯一の黒星)。おやじの一周忌の日でね。大輔が先発だったよな? ごめんなぁ。

三浦いえいえいえ。

谷繁次の日も同じようなシチュエーション(1点リードの9回に登板)があって、そこを何とか抑えて勝ちましたよね。

佐々木そうそう。

三浦(打者は)矢野さんでしたよね?

谷繁そう、次の日も矢野さん。

佐々木不思議だよねぇ。いろいろあったけど、とりあえず本当にホッとしただけだね。優勝して。

「同じ世代の人たちと」

谷繁僕ら、弱いチーム、弱いところからやってますからね。

佐々木大洋ホエールズからやってるからなぁ。

谷繁そうですね。その時代から知ってるから、同じ世代の人たちと強くなっていって、やっと勝てたって。この時だけですからね、勝って泣いたのは。本当にうれしかったです。

佐々木(三浦監督は)大洋、最後のドラフト?

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