【動画】♪バモス・ポンセ♪バモス・ポンセ♪打て場外へ~みんな大好き助っ人が築地に
大洋(現DeNA)の主砲として本塁打王、打点王を2度獲得したカルロス・ポンセ氏(64)が東京・築地の日刊スポーツ新聞社に来社し、ロングインタビューに応じました。来日まで経緯や、外国人選手が日本のプロ野球で活躍するコツ、メジャーで通用すると思った日本人選手、日本食や横浜での思い出などを語り尽くしました。インタビューの模様は動画でも撮影。有料会員登録で、最強助っ人の「今」をお楽しみください。
プロ野球
◆カルロス・ポンセ1959年2月7日、プエルトリコ生まれ。メジャーではブルワーズで85年に21試合に出場。86年に大洋に入団。主に外野手。87年は98打点で打点王、88年は33本塁打と102打点で本塁打王と打点王のタイトルを獲得した。大洋に90年まで在籍し、5シーズンで通算533試合、打率2割9分6厘、119本塁打、389打点。
現役時代から「口ひげ」がトレードマークだったポンセ氏。インタビューは9月19日に、一般社団法人・日本プロ野球外国人OB選手会(JRFPA)のコーディネートで来社した際に行った。
高木豊、加藤博一、屋鋪要のスーパーカートリオに自らが続く強力打線に、遠藤一彦、斉藤明夫といったリーグ屈指の好投手がいながら、チームがBクラスに低迷していた理由なども分析。「メンター」と慕う加藤さんをしのびながら、古巣にエールも送った。
――来日の目的は
日本の子どもたちに野球を教えて恩返しするためです。
――期間は
9月15日に来て、明日(20日)に帰ります。
――野球教室は何回実施した
16、18日に埼玉(川越)で。
――何人ぐらいを教えたのか
30人ぐらい。1日目は12~14歳だった。アメリカ式の教え方をした。びっくりした人もいた。日本流も学べた。
――教え方は日米で違うのか
アメリカ式を知らない子どもたちは、今回のドリル、打撃、走塁を新鮮に感じたようだ。
――ポンセさんはホームランバッターだったが、どうやって本塁打を打つのかを教えた
決してホームランを打つように教えたのではなく、安定的に打てるように教えた。投手の力を利用するように。
――現在はどこに住んでいる
フロリダ州のウエストパームビーチという街に住んでいる。
――現在の職業は
運転手として働いています。
――1990年の現役引退後は何をしていたのか
日本から帰って、モントリオール・エクスポズの春季キャンプに選手として2週間いた。そこで引退を決めて、マイナーリーグのコーチをしていた。
――マイナーリーグはどこの球団で
モントリオール・エクスポズで1年。2年はミルウォーキー・ブルワーズ。3年間はフロリダ・マーリンズ(現マイアミ・マーリンズ)。それから台湾に行った。
――2020年に台湾の味全ドラゴンズでコーチをしたようだが、その経緯は
YouTubeで野球教室をやっているのを台湾の人が見て、それがきっかけで連絡が来た。
――1997年から2020年までは何をしていたのか
14~17歳の子どもたちに、大学で野球をできるように教えていた。
――育てた選手でメジャーリーガーになった選手は
カンザスシティー・ロイヤルズのネルソン(ベラスケス外野手=24)です。(通算464本塁打の)ネルソン・クルーズではないよ。
――コーチとして手腕がすごいですね
10人中1人でも(メジャーで)やってくれたら、いいコーチだよね。
――話は戻りますが、1986年に初めて日本に来た理由は
きれいに整えられたおひげも、マッチョな体つきも。当時と変わらぬ雰囲気のポンセさん。「マリオ」の愛称で人気を博した30年以上前の風景を、クッキリと覚えていました。有料会員登録すると、インタビュー動画をご覧になれます。テキストとあわせて、コンテンツをお楽しみください!
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