【西武佐藤隼輔】「稼頭央さんの時に勝ちきれなかったのは、僕らの責任」/連載46

1つの不調から歯車が狂っていくことは珍しいことではありません。西武の若きセットアッパー佐藤隼輔投手(24)が今季、突如絶不調に陥りました。昨季は47試合に登板。今季もフル回転が期待され、毎試合のようにブルペンで何度も肩をつくるシーンもありました。取材日の6月7日は、同3日に出場選手登録を抹消されてから初の実戦マウンドでした。1軍再昇格への思いと、ブルペンを支える自身の体に起きた異変を語ってくれました。

プロ野球

◆佐藤隼輔(さとう・しゅんすけ)2000年(平12)1月3日、宮城県生まれ。小学4年から野球を始め、中学時代は折立スパローズ所属。仙台高では2年秋からエースも甲子園出場なし。筑波大進学後は1年秋からリーグ戦登板。2年夏に大学日本代表入り。21年ドラフト2位で西武入団。22年3月29日の日本ハム戦でプロ初登板初勝利をマークした。23年は47試合の登板で1勝2敗、防御率2・50。182センチ、83キロ。左投げ左打ち。今季推定年俸3000万円。

西武対巨人 7回表、西武3番手で登板する佐藤隼(撮影・河田真司)

西武対巨人 7回表、西武3番手で登板する佐藤隼(撮影・河田真司)

抹消後初登板「今日は首振ってでも、パームも」

――登録抹消されてから初登板でした。振り返ってみていかがでしたか

そうですね。やっぱり1軍での直近5試合ぐらいが、真っすぐとチェンジアップに偏ってて。春先、キャンプからやってきた、いろいろ球種を使うっていうところで。そこにもう1回戻ろうかと思って。

今日パームを結構投げたんですけど。そうやって(球種を)散らしていくことの感覚、もう1回そういうリズムをつかもうと。やっぱりどうしても投げていく中で、真っすぐとチェンジアップが良かったばっかりに、そこに頼りすぎて。

キャッチャーから(真っすぐとチェンジアップ以外の)サインが出なくて。自分で首振ってまで投げようと思えてなかったので。もう1回、そこはもう1回見つめ直してってところです。

――真っすぐとチェンジアップが良すぎるあまりに偏ってしまったと

まあ、パームとかも多分悪くはなかったんですけど。日によってバラバラ、良い時と悪い時とかもあったので。そこでキャッチャーの方で要求しづらいとか。

あとは最初のマウンド行ってからの(投球練習の)5球で1球だけ投げるパームで、そこがちょっと状態あれ(悪い)だったとかっていうのが感じたのかわかんないですけど、そこで減ってたので。自分で首振ってでも(パームを)投げていけるようにと思って。今日は首振ってでも、パームも投げました。

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野球

黒須亮Ryo Kurosu

Tokyo

1998年5月、茨城県古河市出身。23年入社。古河三高から2浪の末、「おもしろそうだから」という理由で出願した立大文学部キリスト教学科に入学できた。ゼミは「キリスト教音楽論」。立大野球部ではDeNA中川颯投手が2学年上、楽天荘司康誠投手が同期。リーグ戦出場には遠く及ばなかったが、現在プロや社会人野球で活躍されている選手やマネジャーと過ごした4年間は貴重な時間だった。趣味は母がオペラ歌手だった影響から舞台観劇。また、幼少期からMLBが大好き。24年5月にドジャース大谷翔平投手と同じマットレスを購入するなど、とりあえず形から入る。