【祝V!阿部慎之助のルーツ】安田学園高時代を初公開 鼻ピー後輩に…/連載〈4〉

巨人阿部慎之助監督(45)の〝足跡〟をたどる旅。今回は高校時代編です。都内強豪校の受験に失敗し、二次募集で安田学園(東京)に入学した。甲子園出場経験がなかった野球部で3年間を過ごしました。あこがれの聖地は、ほど遠かった…現実をどう受け止め、力に変えてきたのでしょうか。午前6時起床で帰宅は午前0時過ぎ。〝鼻ピー〟をしていた後輩への指導など、ほとんど語ることのなかった高校時代に迫ります。

プロ野球

◆阿部慎之助(あべ・しんのすけ)1979年(昭54)3月20日生まれ、千葉県浦安市出身。安田学園―中大を経て、00年ドラフト1位で巨人入団。01年に新人捕手でチーム23年ぶりに開幕先発出場し、初打席初安打初打点。04年4月に当時の日本記録に並ぶ月間16本塁打。09年日本シリーズMVP。12年は首位打者、打点王、最高出塁率に輝き、MVP、正力松太郎賞。ベストナイン9度、ゴールデングラブ賞4度。プロ通算2282試合で打率2割8分4厘、406本塁打、1285打点。19年に引退し、翌年から2軍監督。22年から1軍コーチで、23年はヘッド兼バッテリーコーチ。24年シーズンから第20代巨人軍監督に就任。右投げ左打ち。

■第1志望だった私立大学系列の強豪校の受験に失敗

時計の針がてっぺんを過ぎたころだった。千葉・浦安市内の自宅に阿部が帰宅する。スポーツバッグには泥だらけの練習着と大きな弁当箱が2食分。疲れ切って、文字通りの〝バタンキュー〟の毎日だった。

「いろいろな人に迷惑をかけちゃったなと。まずは親。受験もそうだし、練習が鎌ケ谷で遠い。毎晩、夜は遅いし、朝は早い。その繰り返し。朝は7時半の電車に乗るから、6時半に起きてギリギリ。帰りは終電2本前の午後11時ごろ。家に帰ってくるのは日をまたいでいた」

第1志望だった私立大学系列の強豪校の受験に失敗。二次募集で安田学園に入学することになった。当時、阿部がまだ無名だったことが、受験失敗の背景に見え隠れする。

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