【中日松木平優太】涙の祖母、亡き母の墓前、生き別れの父へ…万感の支配下/連載68
中日の松木平優太投手(21)が、7月8日に支配下選手登録を勝ち取りました。大阪・精華高から20年育成ドラフト3位で中日入団。4年目の今季は、ウエスタン・リーグで先発としてリーグトップの9勝(3敗)をマーク。防御率1・84と安定した成績で、球団上限となる70人目の支配下選手として登録されました。新たな推定年俸は420万円、背番号「69」を手にした右腕は、翌9日に遠征先の横浜で支配下昇格会見を行い、10日DeNA戦で1軍先発デビューしました。育成4年目ではい上がった右腕の、喜びの声を全文掲載します。
プロ野球
◆松木平優太(まつきひら・ゆうた)2003年(平15)2月24日生まれ、大阪市出身。インドネシア人の父と日本人の母の間に生まれた。幼少期に両親が離婚。母の実家がある大阪の祖父母のもとで暮らし始めた。小学1年時にソフトボールを始める。母は病気で同2年時に他界。港南中では港ボーイズに所属し内野手。精華では3年からエースナンバーを背負う。祖父が高校の時に亡くなると、祖母の栄子さんが食事の世話からユニホームの洗濯まで、すべて世話をしてくれた。20年育成ドラフト3位で中日に入団。178センチ、78キロ。右投げ右打ち。
「お父さんに僕の名前を知らせたい」
<24年7月8日、1軍投手練習合流、支配下選手登録>
―支配下はいつ知りましたか
ファームに登板する前日に井上監督から言っていただいて、そこで知りました。
―どんな言葉をかけてもらいましたか
結構、僕に話かけてくださったんですけど、何も覚えてません。
―誰に報告しましたか
最初に(千葉の老人ホームにいる85歳の)おばあちゃんに報告させてもらって、今までお世話になった人に連絡させてもらいました。
―どんな言葉を伝えましたか
4年かかったけど、ようやく支配下登録されたっていうことを報告しました。
―祖母はどんな存在
小さい頃からずっと僕のことを支えてくださって、ほんとにいつも迷惑ばっかかけてたんですけど、文句ひとつ言わず、自分のことを支えてくださったので、本当にいいおばあちゃんです。
―祖母との思い出は
高校野球で、夜遅くに帰ってきて、ユニホームがドロドロで洗濯して、みたいな感じで、きつく言ってしまったり、それでもこう何も言わず洗ってくれたり、ご飯作ってくれたり、本当に僕のために一生懸命支えてくれたので、ほんとに恩返ししたいなっていう思いが一番強いです。
―祖母からはどんな言葉を
電話越しになるんですけど、泣きながら『おめでとう』っていうことを言ってくださって、おばあちゃんに一番恩返ししたいなっていう思いになりました。
―祖母への思いは
あとはもう自分自身だと思うので、早く稼いでおばあちゃんを楽にさせてあげたいなっていう思いは一番あります。
―幼いころから苦労してきたが、心が折れなかったのは
おじいちゃん、おばあちゃんの厳しく愛情のあった育て方でここまで来れたので、それがほんとにいい道に進んでると思います。
―祖母からの言葉で生きてる言葉は
「人生は長いんで、嫌なことだらけですけど、そっから逃げるな」っていうことはすごく小さい頃から言われていました。
―今、染みてる
染みてますね(笑い)。
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