【2024中学硬式野球ラスト!】ヤングリーグ新人戦で特大!代打満弾!!!!/連載19
中学硬式野球ヤングリーグ東関東支部新人戦の決勝トーナメントが12月8日に茨城・鉾田総合公園野球場で行われた。決勝進出チームは来年3月のヤングリーグ春季大会(岡山)の出場権を得る。2年生主体の新チームが初めて全国切符を手にする瞬間に2度も立ち会うことのできる準決勝を楽しみに取材した。もっとも、今年は決勝戦も最終回までみどころたっぷり。ピンボケ写真をも感動的にする、ヤングリーガーの熱戦をご覧ください。
その他野球
つくば1年生が続々活躍の裏側で
【準決勝第1試合】
つくばヤング 01114=7
千葉沼南ヤング 00000=0
(5回コールド)
つくばヤングはベンチ入り25人のうち15人が1年生。準決勝のスタメンには4人が並んだ。先発左腕の藤井一輝は立ち上がりは、球威より制球重視の投球で、連打を許さない。無失点のまま4回を迎えると回をまたいで4連続三振を奪った。明らかにエンジンをかけたように見えた。7点差の5回裏はコールド勝ち目前だったので試合後に「最後まで三振を狙いましたか?」と問うと「最後はコントロールして打たせて終わろうと思いました」というように、冷静な投球で5回ながら完封で全国切符を手にした。
2回の先制打も1年生の新岡蓮だった。本人によると「半年ぶりのヒットでした。絶対に打ちたかった」という左前打で気が楽になったのか、犠打や好守でも貢献した。
2人を取材していると、他のナインに囲まれた。主力の2年生も聞いてほしそうに見守っていた。1番の崔玄治は2安打3打点、山口翔大の遊撃の守備はキレがあった、3番・島田洸輔も2安打、6番・関屋雄悟は3安打猛打賞だ。
上級生が固める上位打線は、全国8強入りした2年前の雰囲気に似てきた。ベンチから石黒浩二ヘッドコーチが大声でアドバイスを送ると、選手がそれに応えて結果を出す。結果が出ないと繰り返し声が飛ぶから、選手も集中する。
内容はかなり具体的で、右打者ならただ「力を抜け」ではなく「右手の力を抜け!」「(スイング後)バットから手を離してもいい!」などなど。
打席の選手に技術的なアドバイスを送るのは混乱を招くと心配する指導者もいるのだが、このチームは選手がアドバイスの意味を理解しているのだろう。タイミングを崩されていたスイングが、鋭くなめらかになってヒットを放つ。
ただし、結果だけじゃなく、内容が伴わないと「そうじゃないだろう」とでっかく付け加えることもあるから、選手は油断できない。
大声に気を取られていると、静かな口調の藪田武史監督が、いつの間にかほかの選手の耳元で何やらささやいている。さらに観察していると山本典文コーチもひそひそ系で、ベンチ内外に目を配り、監督とヘッドをフォローしている。
そうしているうちに、石黒ヘッドのすぐ近くでボールボーイをしていた1年生選手が、ヘッドの声を復唱するように、叫んでいる。いつのまにか声の意味はチームで共有されていた。
藪田監督は「これが、つくば野球ですから。ここで負けたら、しばらく全国は無理かと思っていました」と2年ぶりに全国大会を決めたからこそ笑顔で語れるが、大声もひそひそも、選手が受け入れられないと「行き過ぎた指導」となってしまうことは、この指導陣は実感している。
現実に数人の1年生が早々に退部したという。ベンチからアウトカウントを大声で指示しただけなのに、叱責と勘違いした大会本部から注意を受けたこともあった。「我々もリニューアルしながらやっていかないと」。
いみじくも、この数日前に「ふてほど」が2024年の流行語大賞に選ばれたタイミングだった。発信源はつくばとは関係ないドラマなのをあらかじめ付け加えるが、TBS系「不適切にもほどがある」の主人公はタイムスリップして昭和から令和にやってきた中学教師。野球部の顧問で、選手へのケツバットは日常で、令和の世代に非難された。一方で指導者と選手の絆は時代を越えても深く、師弟関係は永遠だった。
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1967年生まれ、岡山県出身。1990年入社。
整理部を経て93年秋から芸能記者、98年秋から野球記者に。西武、メジャーリーグ、高校野球などを取材して、2005年に球団1年目の楽天の97敗を見届けたのを最後に芸能デスクに。
静岡支局長、文化社会部長を務め、最近は中学硬式野球の特集ページを編集している。