【受験シーズン】医師免許を持つプロ野球選手に聞く超・文武両道論〈1〉目標の立て方
プロ野球ウエスタン・リーグに所属する、くふうハヤテベンチャーズ静岡の竹内奎人投手(25)は医師国家試験に合格した異色の選手で、スポーツと学業を両立する秘訣を聞きました。24年3月、入団が決定した後に難関の医師国家試験に合格。静岡高―群馬大学医学部と野球を続けながら「文武両道」を実践してきました。今季2年目を迎え、「今年、NPB(12球団)からドラフト指名されなければ引退し、医師の道を目指します」と明言。ラストイヤーの覚悟で今季にかけますが、なぜ、両立できたのか―。受験シーズンを迎えていますが、スポーツと学業の両立を目指す人たちへ「文武両道のススメ」をアドバイスしてくれました。
プロ野球
◆竹内奎人(たけうち・けいと)1999年(平成11)5月29日、静岡県河津町生まれ。河津南小学校1年から野球を始め、河津中3年時には伊東シニアでプレーし、侍ジャパンU―15日本代表に選出され、世界大会に出場した。静岡高時代は3年春、選抜甲子園に出場。2回戦で現中日根尾らを擁する大阪桐蔭に敗れた。群馬大学医学部時代は準硬式野球部でプレー。6年時には6試合に登板し、5勝1敗。くふうハヤテのトライアウトで合格し、入団した。181センチ、83キロ。
■コロナが転機 手術からの飛躍
ウエスタンリーグでプレーし、プロ野球選手という肩書に医師免許。今季2年目へ向けて2月2日にキャンプインした竹内に、今季の目標から聞いた。
竹内大学に入った当初は、野球を続けるつもりはなかったです。野球は高校までで終わりと思っていました。でも、野球でもっと上を目指したいという思いから、今に至ります。
一方で、やっぱり医者として国立大の医学部で学ばせてもらった責任もある。いつまでも野球を追い続けるわけにもいかないという思いもありますね。
その中で、野球選手として設けた期限が2年。2年間、くふうハヤテでプレーし、(12球団から)ドラフト指名がなければ医師の道へ進むことは、最初から決めていました。
今年が、その2年目。このカテゴリーで野球をやるのはラストシーズンです。
群馬大学医学部入学当初は、野球をやめて、医師の道へ専念するはずだった。だが「いろいろあって、野球を続けることにしました」。
竹内ちょうど大学3年になる時、コロナ感染症の流行があった。医学生は世間よりも厳しい行動制限を受けていました。外に出てはいけない、もちろんアルバイトも部活動も禁止となった時に、本当に何も出来なくなってしまった。
その時期、ずっと痛めていた右ひじの修復手術をしました。そこから1年間はリハビリ期間。そこで「手術したから頑張りたい」と思い、コロナの自粛期間をすべてトレーニングや体作りに時間を費やしました。
1年間やって競技復帰した時に、球速も150キロ近くとパフォーマンスがぐっと上がり「もしかしたら医学部の野球のレベルではなく、もう少し上でできるのでは」との考えが浮かんできました。
その後も順調に競技レベルが伸びていってくれたので、スカウトされてプロ野球へ挑戦しようと思いました。
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