【戦後80年】フレッシュ球宴開催地・四国出身の同世代選手に問いかけた戦争
日本が戦争を終え、今年で80年を迎えました。プロ野球は毎年3月になれば、当たり前のようにペナントレースが始まります。それはすべて平和の上で成り立っています。現在、日本で戦争は起こっていませんが、世界では今も日常が奪われたまま、あしたを迎えられるのか不安に駆られながら生活している人々がいます。戦後80年のこの夏、26歳の記者が年齢の近い現役選手たち、ロッテ沢田圭佑投手、広島高太一投手、巨人宇都宮葵星内野手の3人に戦争について問いかけました。
プロ野球
各地の被害、大きな名前がついていなくても
7月20日、香川県丸亀市で次世代のスター候補が出場する「フレッシュオールスター2025」が開催された。
東京から約700キロ離れた場所への出張。同オールスターとは別テーマの切り口「四国出身者に問いかける戦争」を持って臨んだ。太平洋戦争といえば「ヒロシマ」「ナガサキ」「東京大空襲」「沖縄戦」と甚大な被害をこうむったものが真っ先に挙げられる。四国×戦争の組み合わせに疑問を抱く方もいらっしゃるかもしれない。
だが、大きな名前がついていなくても、日本各地で戦争の被害は誰にも止められなかったという事実を現地で学んだため、紹介していきたい。
「もしなったら野球どころでは…今がありがたい」
―松山市出身・ロッテ沢田の場合
7月18日、ロッテ―オリックス戦(ZOZOマリン)の練習前。愛媛県松山市出身のロッテ沢田圭佑投手(31)に戦争にまつわる話を聞いた。
「僕の母方のおじいちゃんとおばあちゃんが戦争経験者だったので」
当時は2人とも子どもだったが「よく言われたのは、サイレンが鳴ったら布団をみんなで頭の上に載っけて、逃げるところまで行かないといけないって。そういうのを何回もしたことがあるって。よく教えてくれましたね」と回顧する。
現在31歳の沢田。野球選手として過ごす日々に「戦争」は思い浮かぶのか聞いてみた。
「野球選手としてですか」といったん考えたあと「でもまた戦争とかになったら僕たちもプレーできないし。そういうことはもうないとは思うんですけど。もしなったら、野球どころではなくなる。今この環境があるのは本当にありがたいなと思っています」と神妙な表情で言葉をつむいだ。
記者は、沢田は戦争を自分の人生とまったく関係ない出来事として切り離してはいないんだなという印象を受けた。
原爆投下時広島在住の祖母から「今を一生懸命」に
―新居浜市出身・広島 高の場合
7月20日、東京から新幹線を使って計7時間ほどかけてレグザムボールパーク丸亀に到着。球場周辺には川が流れ、緑葉の木が立ち並ぶ。心地よい温度のいい風が吹き、天気は快晴と絶好の野球日和だった。
本文残り73% (2682文字/3673文字)
