【舞台裏】斎藤佑樹さん自ら重機免許取得し造成「子供達がのびのびプレーしてほしい」

元日本ハム投手の斎藤佑樹さん(37)がいま最も力を注いでいるのは、子どもたちのための野球場づくりです。今年5月、北海道・長沼町に少年野球専用球場「はらっぱスタジアム」を建設しました。自ら重機の免許を取得して造成作業に加わり、地元住民とともにフェンスを打ち込み、ベンチを組み立て、芝を敷きました。プロ野球のスターから一転、球場建設に汗を流す日々―。なぜ、球場をつくるのか、尋ねました。その舞台裏には、彼の野球観と子どもたちへの思いが刻まれています。

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★新連載「The Backstage」

ドラマは注目シーンだけが、見どころではありません。目立たないところにも、さまざまなストーリーが詰まっています。舞台裏で、記者が見て、聞いて、思った話をお届けします。

◆斎藤佑樹(さいとう・ゆうき)1988年(昭63)6月6日、群馬・太田市生まれ。生品小1年で野球を始めて以来、投手一筋。早実では1年夏からベンチ入り。甲子園は06年春8強、同年夏は大会史上最多の7試合69イニングを投げ、決勝引き分け再試合の末に駒大苫小牧を4―3で破り優勝。青いハンカチで汗を拭いていたため「ハンカチ王子」と呼ばれた。早大では4年時に主将を務め、東京6大学リーグ通算31勝15敗、323奪三振で史上6人目の30勝&300奪三振を達成。07年全日本大学選手権、10年明治神宮大会を制し、高校と大学で日本一になった。10年ドラフト1位で日本ハム入団。11年4月17日ロッテ戦(札幌ドーム)でプロ初登板初先発初勝利。同年6勝を挙げた。21年限りで現役引退。通算89試合、15勝26敗、防御率4・34。176センチ、77キロ。右投げ右打ち。

斎藤佑樹氏が手がけた「はらっぱスタジアム」全景

斎藤佑樹氏が手がけた「はらっぱスタジアム」全景

北海道・長沼町に「はらっぱスタジアム」建設
 「子供がフェンスめがけて振れる距離」サイズ

―まず、学童専用球場のポイントを

「ランニング本塁打じゃなくて、フェンスオーバーが大事。小さい頃から〝越える〟感覚を持てるかどうかで、バットの入れ方、将来のスイングが変わると思うんです。『はらっぱスタジアム』は両翼70メートル、中堅85メートル。子どもがフェンスをめがけて振れる距離にしました」

そう言って笑う顔は、どこか少年めいている。

―「はらっぱスタジアム」という名前に込めた思いは

「ここは、とにかく開けた場所なんです。勝ち負け関係なく、野球をリトリート(心身の癒やし)として楽しんでほしい。夕日がきれいで、白樺があって〝原っぱ〟という言葉がぴったりだと思いました」

群馬・桐生市に少年野球の球場をつくるプロジェクトのスペシャルアドバイザーを務める斎藤佑樹さん(前列右)は桐生市内の学童チームの子どもたちと意見交換を行う

群馬・桐生市に少年野球の球場をつくるプロジェクトのスペシャルアドバイザーを務める斎藤佑樹さん(前列右)は桐生市内の学童チームの子どもたちと意見交換を行う

子供らとペンキ塗り「一瞬で進む。感動でしたね」

―手づくりの現場はどんな景色でしたか

「外野フェンスは高さ1メートルの板を単管パイプに1500枚、2週間かけて打ち込んでいく。オープンの5月5日は、みんなでペンキを塗りました。スピーカーで『塗るよー!』って呼びかけたら、子どもたちが一気に集まって、15分ぐらいで1面が色づいていく。大人10人で何時間もかかる作業が、一瞬で進む。あれは感動でしたね」

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1990年入社。アマチュア野球担当としてシダックス監督時代の野村克也氏、2006年夏の甲子園を制した早実・斎藤佑樹氏など取材。
プロ野球ではロッテ・バレンタイン監督解任騒動。DeNAの球界参入から中畑清初代監督フィーバーなど担当。
ストレス発散は1人カラオケ(ミスチル縛り)とゴルフ。