【松山竜平兼任コーチ】広島を離れ初めての1人暮らし 連載オイシックス・トーク〈2〉
カープ一筋18年。泥くさくバットを振り抜き、勝負強い打撃でリーグ3連覇の立役者となった男、松山竜平(40)。「アンパンマン」の愛称で広島ファンに愛されてきました。ですが、25年オフ。戦力外通告を受け、長年袖を通した赤いユニホームを脱ぎ、選んだのは「新潟」という新たな舞台でした。オイシックスで「選手兼任打撃コーチ」という大役を任され、1日の静岡・修善寺キャンプ初日から、若手のために200球を超える打撃投手を買って出ました。その背中にはコーチとしての責任感と、何より1人の打者として「今シーズン中のNPB復帰」という闘争心が同居していました。
プロ野球
★松山選手兼任コーチが語った主な内容
- なぜ兼任コーチの打診を受けたのか
- 実は初めての1人暮らし 助けになるのは
- オイシックスのお立ち台でやってみたいこと
◆松山竜平(まつやま・りゅうへい)1985年(昭60)9月18日生まれ、鹿児島県出身。鹿屋中央から九州国際大を経て、07年大学・社会人ドラフト4巡目で広島入り。巧みなバットコントロールで3連覇時は中軸も任された。その後は左の代打で存在感を発揮したが、25年は1軍出場なし。通算1304試合、打率2割7分8厘、83本塁打、535打点。176センチ、96キロ。右投げ左打ち。
若手のために200球超 コーチ業に見せた責任感
―新天地でのキャンプの感想を聞かせてください
楽しみな選手もたくさんいますし、僕自身も楽しんでやれています。
―練習では長時間、打撃投手を務めていました
いや、まあまあ。あれはコーチ業としてちゃんとやらなければいけないことですし、投げることで見えてくる部分もありますから。
―何球くらい投げましたか?
200球以上は確実に超えていますね。肩をあまり使わないように工夫して投げているので、全然大丈夫ですよ。
選手として100% 兼任の比重は明確に「選手がメイン」
―選手兼任コーチという立場ですが、ご自身の中での比重はどう考えていますか?
やはり選手がメインです。選手として100%、チームの力になれるようにしっかりやっていきたい。その上で、コーチ業も微力ながら自分にできる限りのことをやろうと思っています。
―球団から兼任コーチの打診があった際はどのような気持ちでしたか?
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1990年入社。アマチュア野球担当としてシダックス監督時代の野村克也氏、2006年夏の甲子園を制した早実・斎藤佑樹氏など取材。
プロ野球ではロッテ・バレンタイン監督解任騒動。DeNAの球界参入から中畑清初代監督フィーバーなど担当。
ストレス発散は1人カラオケ(ミスチル縛り)とゴルフ。
