【井口和朋】海外挑戦見すえ「ここで勝負」 連載オイシックス・トーク〈4〉

2度の戦力外という憂き目に遭いながらも、その右腕の闘志は消えていませんでした。日本ハム、オリックスを経て、今季からファーム・リーグのオイシックスで再起をかける井口和朋投手(32)。新天地で「先発転向」という大きな決断を下しました。23年オフ、8年間過ごした日本ハムから戦力外通告を受けました。30歳という節目で直面した現実に、胸は震えていました。しかし、その窮地を救ったのがオリックスでした。育成契約から、オープン戦で結果を残し、24年3月に支配下登録を勝ち取りました。ですが、プロの世界は非情です。昨季、ウエスタン・リーグでは40試合に登板し防御率1・00と安定した数字を残しながらも、1軍でのチャンスをつかみきれず、自身2度目となる戦力外通告を受けました。今季はオイシックスを戦いの舞台に選び、大きな転機となる「先発投手」として新たな1歩を踏み出しました。

プロ野球

★井口投手が語った主な内容

  • まだできる 2度の戦力外通告でも続ける原動力
  • 中継ぎから先発へ 封印を解いたうれしさと課題
  • 桑田CBOが就任 聞いてみたいことと個人的な目標

◆井口和朋(いぐち・かずとも)1994年1月7日生まれ、神奈川県横浜市出身。武相から東農大北海道オホーツクを経て、15年ドラフト3位で日本ハム入団。23年に戦力外通告を受け、同年オフにオリックスと育成契約を結んだ。24年3月に支配下登録され、32試合に登板。NPB通算254試合に登板し、7勝7敗3セーブ、40ホールド、防御率3・66。175センチ、75キロ。右投げ右打ち。

武田監督の言葉が決め手に

―オイシックスへの入団を決めた理由は?

僕自身が「先発をやりたい」と考えていたタイミングで、勝さん(武田勝監督)が「先発をやらせようと思っている」と言ってくださったことが一番大きいです。

NPB復帰や海外挑戦という次のステップを目指す上で、このチームが最も良い準備ができる場所だと思いました。

―入団に至るまでの経緯を教えてください

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1990年入社。アマチュア野球担当としてシダックス監督時代の野村克也氏、2006年夏の甲子園を制した早実・斎藤佑樹氏など取材。
プロ野球ではロッテ・バレンタイン監督解任騒動。DeNAの球界参入から中畑清初代監督フィーバーなど担当。
ストレス発散は1人カラオケ(ミスチル縛り)とゴルフ。