センバツ優勝父を超えたい オリックス山中稜真、教え込まれた自主性が支え
オリックス山中稜真捕手(25)が、今年の父の日に際し、父竜美さんとの思い出を語りました。父竜美さんは東邦(愛知)の主将としてセンバツ優勝を経験。大学、社会人で野球を続け、少年野球の監督も務めました。サラブレッドの山中ですが、父から教え込まれたのは自主性。2年目の今季は開幕こそ出遅れましたが、6月14日の阪神戦(京セラドーム大阪)で延長10回にプロ初となるサヨナラ打をマーク。チームで存在感を見せる背番号50が原動力でもある「家族」を語りました。
プロ野球
★山中稜真が語った主な内容
- 父から教え込まれた「自主性」の原点
- プロ初サヨナラ打 交流戦での勝負強さ
- 弟・海斗さんとも続く「家族の野球」
◆山中稜真(やまなか・りょうま)2000年(平12)12月14日生まれ、神奈川県横浜市出身。小学2年時に下倉田シャークスで野球を始め、横浜泉中央ボーイズ、木更津総合(千葉)では2年夏は一塁、3年夏は正捕手として甲子園出場。青学大3年秋に外野に転向し、三菱重工Eastでは23年スポニチ大会からレギュラーとして活躍し24年都市対抗で優勝した。24年ドラフト4位でオリックスに入団。25年は19試合に出場し、打率1割2分2厘、1本塁打、3打点。178センチ、83キロ。右投げ左打ち。
父の厳しい指導が体に染みついた
小学生のときに、父竜美さんに教え込まれた自主性が山中の活躍を支えてきた。
「小学校の時はやっぱり厳しくいろいろ指導してもらったことが、その後のステージに生きてるのかなっていうのはあります」
父は小学校時代に所属した下倉田シャークスの監督を務めていた。幼少期から体を動かすことが好きだった。父ではなく、友人の誘いで少年軟式野球に飛び込んだが、監督である父親は厳しかった。
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