【ナベQがゆく×池山隆寛】池山監督がインタビューでこぼした涙の訳は…/後編

日刊スポーツ客員評論家の渡辺久信さん(60)の「ナベQがゆく」企画で、ヤクルト池山隆寛監督(60)との同期生対談が実現しました。1992年、93年には西武VSヤクルトの日本シリーズでしのぎを削ったライバル関係で、渡辺さんが1998年にヤクルトへ移籍した際には一緒にプレーした間柄。それ以来、プロ入り同期でウマがあった2人は仲が良く、現役時代のエピソードから涙の真相など、次々と秘話が飛び出しました。池山ヤクルトは7月には失速したものの、前半戦は3位で折り返し。池山監督は後半戦へ打線の奮起をポイントに挙げて巻き返しを約束していました。

2回連載の後編です。

プロ野球

★渡辺久信×池山隆寛 同期対談の主な内容

  • 池山監督が涙した場面 思いを本人が語る
  • 還暦監督が目指す「一番監督らしくない監督」とは
  • 後半戦の巻き返しキーマンは打線 その理由

◆渡辺久信(わたなべ・ひさのぶ)1965年(昭40)8月2日生まれ、群馬県桐生市出身。前橋工から83年ドラフト1位指名で西武へ入団。最多勝3度、最高防御率1度、最多奪三振1度。96年6月11日のオリックス戦でノーヒットノーランを達成した。97年オフに戦力外通告を受け、野村克也監督の「再生工場」でヤクルトへ移籍。99年から台湾で選手兼任コーチを務め、01年に現役引退。04年に西武2軍投手コーチ、2軍監督を経て、08年から1軍監督に就任し、1年目に日本一。19年からGM、24年5月から監督代行を兼任。シーズン終了後に辞任、退団した。


◆池山隆寛(いけやま・たかひろ)1965年(昭40)12月17日生まれ、兵庫県出身。市尼崎から83年ドラフト2位でヤクルト入団。87年から遊撃のレギュラーをつかみ、5度のリーグ優勝に貢献。現役時代は「ブンブン丸」と呼ばれていた。ベストナイン5度、ゴールデングラブ賞1度。02年引退。通算1784試合、1521安打、304本塁打、898打点、打率2割6分2厘。06~09年に野村監督率いる楽天で打撃コーチ担当。ヤクルト、楽天での指導者経験を経て、20年からヤクルト2軍監督。今季から1軍監督を務める。就任当時からのテーマは「対話、元気、笑顔」。積極的に選手とのコミュニケーションをとっている。183センチ、75キロ。右投げ右打ち。

5月26日、ヤクルト対西武 9回裏に同点のソロ本塁打を放ち涙ぐむモンテル

5月26日、ヤクルト対西武 9回裏に同点のソロ本塁打を放ち涙ぐむモンテル

■モンテルに「池山監督を男にしてやってくれ」

池山監督を待つ神宮クラブハウスの応接室。渡辺さんのもとへ、西武からヤクルトへ移籍した山野辺内野手、モンテル外野手があいさつに訪れた。西武GM時代、気にかけていた選手。「2人とも頑張っているなあ。モンテルのホームラン(5月26日、交流戦の西武戦)は涙が出そうになったよ」と肩をたたいた。

雑談を交わしての別れ際、渡辺さんはこう声をかけた。

「池山監督を男にしてやってくれ。頼んだゾ!」

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