aRB連載【記事のASOBIBA〈4〉】KooDa「全米No.1のバカな日本人」
チャンピオンシップ逆転進出を誓って、ROUND.14の準備を進めるavex ROYALBRATS。連載「記事のASOBIBA」は前回の「JUMPEI×KooDa」に続き、KooDa(24)の一人語りをお届けします。対談では高校生の時に父親を亡くし、就職を考えていたところ母親が「ダンスでアメリカ行ってきなよ」と背中を押してくれたエピソードが明かされました。感動秘話かと思いきや「ゲームばっかやってました」って大爆笑でしたが、本当はどうなの? こ、こ、KooDaの大爆笑♪ その意味を探ったら、昼夜逆転生活と、実家の犬たち、サウナ、サッカーなどダンスのためのリラックスタイムが語られました。
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ダンスは1回やめました
よく「ダンスを始めたきっかけ」って聞かれるけど、よく覚えてないし、1回やめてるんです。めっちゃ、小さい頃、お母さんが「リズム感があった方がいい」って感じで、地元の(東京)八王子のちっちゃいダンススタジオに入れられて、やってたんすけど、あんまりはまらず、1回ダンスはやめました。
中学校でサッカー部に入ってて、頑張ってたけど、「サッカー選手にはならんよな」みたいな感じで、中2ぐらいからかな。また、ダンススタジオに、多分今度は自分が行きたいって言ったんです。
そこに入ったきっかけは、全然思い出せないんですけど、多分中2ぐらいで入って、そっからちゃんとダンスをやり始めて、そっから高校までは今のダンススタイルに通ずるものを習ってて。そのうち、ちょっと人に教えたりだとか、やり始めてて。そのころ、お父さんが亡くなったのは、さっきJUMPEIに話した通りです。
ダンスでアメリカ行ったことを、ちゃんとはお母さんと話したことはないけれど、なんか「アメリカ行っておいで」みたいな感じで送り出してくれたんです。でも、めっちゃ不安だったんすけど、アメリカ! マジ、英語も話せないし、どうすんだと。そんな感じでしたね。
毎日学校行くのが嫌い
留学のサポート会社に、最初の3カ月だけサポートしてもらって。あとはそっから自分で、みたいな感じでしたね。ロサンゼルスでしたけど、それは行ってよかったっすね、本当に。
最初はスーパー行くのがめっちゃ、怖かった。知らない街で、どんな人が住んでいるかもわからない。路上で生活している人もいたしね。学校も行かなきゃいけないし。
ダンスをするとはいえ、語学留学としてアメリカへやってきたから、語学学校へ入るんです。学校に行くのは、本当、苦手なんだよね。高校生のころから、ずっとそうなんだけど、毎朝毎朝、何時にここに行かなきゃいけないみたいな、ルーティンワークが本当に嫌いで。きつかったですね。
「俺、高校卒業してまた学校通いなのか…」と思って。ちゃんと語学は習わなきゃいけないって、言ってましたけど、学校にはそんなにちゃんと行ってなかったっすね(笑)
学校も確かに大事だと思うんすけど、結構あっちのダンサーとしゃべる機会が多かった。レッスン受けに行ったら、目に留まったみたいで。有名なダンサーにもなんかよくしてもらって。それで英語とかはだんだんわかるようになってきて、最後の方は、過ごしやすかったです。
最初は、「ちょっと待って下さい」って、翻訳機で調べてから話して、みたいな感じでした。多分、俺、気にしないし、バカなんで気づかなかったですけど、バカにされてたこともあったと思いますよ。
あのころ、アメリカに何人の日本人がいたかわからないけど、アメリカにいる日本人で、俺が一番バカだった可能性もありました(大爆笑)。ボディーランゲージとかそういうのあるなって思いましたね。「言葉はいらない」じゃないけど、ダンスは気持ちとか表現できるし、感情とかって、やっぱ伝わるし、他の人のダンス見てても、そういうの大事だと、ダンスっやっててよかったなって、その時思いましたね。
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#【久我悟】 #連載第37回 #avex ROYALBRATS #KooDa #Dリーガーのオドリバ #Youta Nakamura #JUMPEI #Behind the Scenes #その他エンタメ
1967年生まれ、岡山県出身。1990年入社。
整理部を経て93年秋から芸能記者、98年秋から野球記者に。西武、メジャーリーグ、高校野球などを取材して、2005年に球団1年目の楽天の97敗を見届けたのを最後に芸能デスクに。
静岡支局長、文化社会部長を務め、最近は中学硬式野球の特集ページを編集している。