宇野昌磨の涙も栄冠も…フランスはいつも日本のスケーターに温かい
【アンジェ(フランス)=松本愛香通信員】フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ開催翌週の木曜日は「IceStory(アイストーリー)」と題し、大会で感じたコラムや現地ならではの独自性あるインタビューをお届けします。19年にコーチ不在の宇野昌磨(24=トヨタ自動車)が涙するなど、数々のドラマがあったフランス杯。主管する同国スケート連盟のディディエ・ガヤゲ元会長(69)に聞くと、当時の思い出や日本のスケーターに対する好感があふれました。
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〈GPシリーズ第3戦フランス杯 現地取材より〉
歓声と拍手追い風に山本草太、友野一希、住吉りをんが表彰台
GPシリーズ第3戦フランス杯が、今年も幕を閉じました。男子の山本草太(22=中京大)が2位、友野一希(24=上野芝スケートクラブ)が3位、女子の住吉りをん(19=オリエンタルバイオ/明大)も3位。表彰台に日本の3選手が乗り、温かい歓声と拍手に包まれました。かつての宇野も、そう。悲痛だったフランス杯も歓喜の初世界王者(今年3月、モンペリエ)も舞台はフランスでした。
日本とフランス-。両国はライバルであり、同志の関係でもあり、ともに競技発展に寄与してきました。
1972年札幌オリンピック(五輪)男子銅メダルのパトリック・ペラ、世界選手権の女子で3大会連続銀メダルのスルヤ・ボナリー、記憶に新しいブライアン・ジュベールから、今年2月の北京五輪アイスダンスを制したガブリエラ・パパダキス、ギヨーム・シゼロン組まで…。
歴代の名選手たちと競い合い、日本勢もモンペリエで開催された世界選手権で宇野と坂本花織(シスメックス)がアベック優勝を飾りました。そして、今季フランス杯でも日本勢に注がれたのは熱い声援でした。
なぜ、良好な関係を保てているのでしょうか。理由の一端を探りたいと思い、フランス連盟に「どなたか語っていただけそうな方はいらっしゃいますか」と取材を申請すると、紹介されたのがガヤゲさんでした。
札幌五輪に出場した元オリンピアンで、ボナリーやジュベールを育てた元指導者で、連盟の元会長。現在は肩書こそないものの、テレビ放送の調整や試合の運営など今も連盟のために尽力しているそうで、大会の関係者ラウンジで話を聞きました。
「感激した」「偉大な才能」「嫉妬してる」紹介された仏連盟元会長を取材
――ここフランスに来た日本人選手たちは皆、当地の観客から「本当に応援されている」と感じているようでした。現場ではどう感じていますか
ガヤゲさん そうだね。日本のフィギュアスケーターに対して、我々フランス人は真の友情を感じているよ。彼らはとても強く、我々は強いフィギュア選手が好きだから。フランスでは日本への熱狂があります、本当に。
――宇野選手にも19年フランス杯で会いましたね。当時のことを覚えていますか。コーチがおらず、たった1人で。ショートプログラム(SP)4位、フリー9位の総合8位でした
ガヤゲさん ウィ(はい)。よく覚えているよ。悲しかったよ。選手が崩れていくのを見るのは、いつだって、いい気持ちになれない。確か2日連続、ショートとフリーで。
