【友野一希の言葉〈SP編〉】「謎の自信が、毎回全日本が終わると、出てきます」

2年連続出場の友野一希(24=上野芝スケートクラブ)が「人生で一番気持ち良かった」と自国ファンに感謝しました。

そう思ったのは、冒頭で4回転―3回転の2連続トーループを決めた際。続く4回転サルコーでの転倒がありながらも、上位へ最低限の90点台をキープできたことに成長を感じました。

「もっと調子がいい」フリーを7位で迎える25日へ―。「友野一希の言葉〈SP編〉」をお届けします。

フィギュア

〈フィギュアスケート:世界選手権〉◇3月23日◇さいたまスーパーアリーナ◇男子SP7位92・68点

2年連続の大舞台、友野一希のSP

3月23日、SPの演技

3月23日、SPの演技

「フリーはもっと調子がいいので、出し切れれば」

――演技を振り返って

友野 サルコー、気付いたら地面だったのでビックリしたんですけど、あの4T―3Tを降りた後も歓声はすごく鮮明に聞こえていて、あれは今までの競技人生でも一番気持ち良かったんじゃないかなというくらい、一番歓声も大きくて。そういうのを楽しみながら演技ができて、自分のやってきたことを1つ1つ冷静に対処できた。アクセルをしっかり決めることもできましたし、成長したなって。たくさんの大舞台を経験してきたつもりですし、日本での世界選手権は違った雰囲気でしたけど、楽しんでできたかなと思います。

――良かった点はどこか

友野 あの緊張感の中ではよくまとめたなって思います。サルコーに今シーズンずっと苦しめられていて、練習では普通に決まっているし、ちょっと最後の苦手意識だけだと思うんですけど、少し機械的にいき過ぎたというか、しっかり間を取って、というのは考えてはいたんですけど。もうちょい勢いに任せても良かったなと思うので、この後はしっかり練習通り。最後は良くなっていましたが、それでもあれだけのミスがたくさんあった中では良かったなと思います。

――得点についてはどう思っているか

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スポーツ

木下淳Jun Kinoshita

Nagano

長野県飯田市生まれ。早大4年時にアメリカンフットボールの甲子園ボウル出場。
2004年入社。文化社会部から東北総局へ赴任し、花巻東高の大谷翔平投手や甲子園3季連続準優勝の光星学院など取材。整理部をへて13年11月からスポーツ部。
サッカー班で仙台、鹿島、東京、浦和や16年リオデジャネイロ五輪、18年W杯ロシア大会の日本代表を担当。
20年1月から五輪班。夏は東京2020大会組織委員会とフェンシング、冬は羽生結弦選手ら北京五輪のフィギュアスケートを取材。
22年4月から悲願の柔道、アメフト担当も。