【低評価を覆した男たち】中村憲剛貫いた純愛、華奢な少年はW杯まで昇っていった

過去もっとも、日本代表への期待感が薄かった大会ともいえた2010年のワールドカップ(W杯)南アフリカ大会。なぜこの時の日本代表は、前評判を覆し16強という結果を残すことができたのか。同大会前に代表23選手を扱った連載「奇跡に挑む者たち」を復刻掲載。彼らのルーツに、ブレイクスルーを成し遂げるヒントが隠されている。MF中村憲剛編。(2010年5月23日紙面より 所属、年齢など当時)

サッカー

<2010南アW杯 MF中村憲剛編>

高校1年、秋の文化祭のことだった。都久留米高校(現都東久留米総合高)時代のサッカー部監督であり、担任教師の山口隆文文氏(52)から、中村はクラス劇「ピノキオ」の主役に任命された。最初は乗り気ではなかった。サッカーの練習時間が短くなるし、そもそも恥ずかしいと気後れしていた。