【低評価を覆した男たち】闘莉王の覚悟、日本国籍取得に反対する母と見上げた花火

過去もっとも、日本代表への期待感が薄かった大会ともいえた2010年のワールドカップ(W杯)南アフリカ大会。なぜこの時の日本代表は、前評判を覆し16強という結果を残すことができたのか。同大会前に代表23選手を扱った連載「奇跡に挑む者たち」を復刻掲載。彼らのルーツに、ブレイクスルーを成し遂げるヒントが隠されている。DF田中マルクス闘莉王編。(2010年5月30日紙面より 所属、年齢など当時)

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<2010南アW杯 DF田中マルクス闘莉王編>

オレの人生、こんなところで終わってたまるか-。闘莉王は絶望のふちからはい上がる過程で「闘将」へと生まれ変わった。03年、広島から戦力外を通告されてJ2水戸へ移籍。郷里ブラジルを離れ、異国でプロ選手としての軌道にようやく乗りかけた時に味わった挫折だった。水戸時代から闘莉王と親交があり「日本の母」といわれる田口とし子さん(64)が、当時を振り返り、闘将誕生の秘話を語った。(敬称略)