「こんな会社辞めてやる!」今も耳に残る藤波辰爾の叫び 84年雪の札幌テロ事件
1984年に起きた新日本プロレス「雪の札幌テロ事件」。札幌・中島体育センターで起きたカオスを現場写真とともに振り返る。
プロレス
昨年の9月、67歳の藤波辰爾はプロレス・ヒートアップ川崎大会で98年新日本IWGPヘビー級以来となるシングルのベルトを手にした。
ヒートアップの「ユニバーサル&PWLWORLDCHANPIONSHIP」2冠王者のTAMURAからコブラツイストでギブアップを奪い、タイトルを奪取。「(デビュー)50周年の年にこんなビッグなプレゼントがあるとは。若いころを思い出させてくれてありがとう」と充実感を漂わせた。
これまでいくたの名勝負を重ねてきた藤波だが、思い起こされるのは84年に起きた新日本プロレス「雪の札幌テロ事件」。38年前の記憶をたどった。
1984年2月3日…そして事件は起きた
新日本プロレスに前代未聞のテロ事件が発生した。1984年2月3日、雪まつりでにぎわう札幌市の中島体育センターは、超満員の7000観衆で埋まっていた。
藤波辰己(辰爾)と長州力による「名勝負数え歌」の総決算とされたWWFインターナショナルヘビー級選手権。花道を入場する挑戦者長州に、「前座の実力者」と称された藤原喜明が鉄パイプを手に襲いかかり、ひとしきり暴れるとファンの波に紛れるように姿を消した。額を割られた長州の顔面は鮮血に染まる。
異常を察知した王者藤波がリングに上がり、混乱の花道に視線を送る。長州は維新軍の仲間に支えられてリングにたどり着き、制止を振り切ってマットを踏んだ。もつれ合う2人に新日本本隊、維新軍が入り乱れて収拾がつかずに試合は不成立、ノーコンテストとジャッジされた。
興奮し、混乱した藤波は仲裁に入った山本小鉄審判部長をボディースラムで投げ捨て、坂口征二選手兼副社長にも殴りかかる。そして、黒のショートタイツとリングシューズのまま雪が降り積もる会場外に飛び出し、タクシーを拾って走り去った。
追いすがる報道陣に藤波が一方的に残した激しい言葉が、37年が過ぎた今も鮮明に耳に残る。
