【アラ還、青春のプロレス〈上〉】3000万人を魅了!ハンセンVSアンドレ田コロ決戦

あの頃のプロレスは「ワンダーランド」だった。スマート、スピーディーにファンを魅了する今のプロレスもおもしろいが、ネットもSNSもなく、限られた情報に胸躍らせた80~90年代。アラ還世代が、青春時代に見たマットにはデカくて、ゴツゴツしたスーパーヘビー級の怪物や“まだ見ぬ強豪”が荒れ狂っていた。「アラ還世代、青春のプロレス」前編は、列島を熱狂させた1981年“田コロ決戦”。

プロレス

「現代のガリバー旅行記」「ブレーキの壊れたダンプカー」

40年以上も前の話だ。

「プロレスをバカにすんのもええけど、今日の試合だけはだまされたと思って見てみろ」-。1981年(昭56)9月23日、高校1年だった記者は昼休みの教室で、友人にそう言われた。

5月にフジテレビ「オレたちひょうきん族」が始まった年だった。LP、EPのレンタルレコード店がにぎわい、「校内暴力」で騒がしい校内では中ラン&ぶっといズボン、妙に長いスカートの生徒が幅を効かせる。彼女と連絡をとるのに、大量の10円玉を手に公衆電話ボックスにこもった。テレビをビデオ録画できる家は、ほとんどなかった。

友人があまりに薦めるから、新日本のワールドプロレスリングを見た。会場は格闘技の殿堂・田園コロシアム。カードはスタン・ハンセンVSアンドレ・ザ・ジャイアントだった。

その衝撃を語るのに、当時の実況アナ、古舘伊知郎氏の言葉を、同氏のYouTubeチャンネルからお借りしたい。

1978年、実況席でのアントニオ猪木(中央)と古舘伊知郎アナ(右)

1978年、実況席でのアントニオ猪木(中央)と古舘伊知郎アナ(右)