スーパーヤンキーが世界王者に!矢吹正道マンガのような逆転人生

立て、立つんだ矢吹! ボクシングの前WBC世界ライトフライ級王者矢吹正道(29=緑)の壮絶な人生に迫った。補導歴50回超の“元ヤン世界王者”。荒れた少年時代の裏側には、家庭内での戦いがあった。

ボクシング

矢吹はダイレクトリマッチ(直接の再戦)となった3月19日、寺地拳四朗(30=BMB)との一戦に3回KO負けでベルトを失った。しかし、リングネームとした不朽のボクシングマンガ「あしたのジョー」の主人公、矢吹丈のように何度でもはい上がる。

21年9月22日、寺地拳四朗を破った矢吹正道はチャンピオンベルトを腰に声援に応える

21年9月22日、寺地拳四朗を破った矢吹正道はチャンピオンベルトを腰に声援に応える

21年9月奪取も今年3月陥落

矢吹丈も「悪童」だった。悪事に手を染め、少年院に入った。そんな「やばい」人生を激変させたのがボクシングとの出会いだ。

60年代後半から連載されたマンガの世代ではない矢吹正道だが、リングネームをあやかった背景には、自分の人生と重なり合う部分があまりにも多かった。

「おやじをどうやって殺すか。きょうだいで真剣に話し合ったこともあります」

短髪姿の矢吹(本人提供)

短髪姿の矢吹(本人提供)

幼少期、父親から理不尽といえる暴力を受けた。寝ている時、突然殴られた。「俺が帰ってくる時になんで寝てるんや!」。訳が分からなかった。

ボコボコに殴られた後、車のトランクに閉じ込められたこともあるという。そんな行為は自身だけでなく母親、姉、そして弟へと広がった。

耐えかねたある日、きょうだいで真剣に話し合った。極限まで追い詰められていた。本名の佐藤は母方の姓。世界王者になってからは姉を通じて、連絡もとるように関係も修復された。

旭日旗と矢吹(本人提供)

旭日旗と矢吹(本人提供)

ただ当時、その感情は外にはき出すしかなかった。小学校からけんかに明け暮れた。そのたびに母親は学校に呼び出された。

地元・三重県内の高校は「2年を2回やった。毎日、遅刻してまったく単位がとれなかったんで」。在学中に親の呼び出しは約30回超。同校の「記録になってるんですって」と今は笑える。

付き合う仲間も自然と「ワル」だった。「今思えば本当にむちゃくちゃやってましたよね」。

13歳で酒とたばこを覚え、無免許で車とバイクを乗り回した。補導歴は50回を超える。それらをスッパリ断ち切れたのはボクシング、そして恭子夫人との出会いに尽きる。

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スポーツ

実藤健一Kenichi Sanefuji

Nagasaki

長崎生まれ、尼崎育ちで九州とお笑いを愛する。
関大を卒業後、90年に入社。約2年の四国勤務でいろいろ学び、大阪に戻って主に大相撲、ボクシングを担当。
その後、担当記者として星野阪神の優勝に立ち会えて感動。福岡勤務などをへて相撲、ボクシング担当に舞い戻る。