【井上尚弥を語り尽くす〈上〉】周囲をよそに淡々 藤井聡太にも感じる天才の共通点

プロボクシング井上尚弥はなぜこれほど強いのか。歴代世界王者と比較してどの位置にいるのか。60年以上のボクシング観戦・取材歴を誇る共同通信の津江章二氏、日刊スポーツの元ボクシング担当の首藤正徳、現担当の藤中栄二が語り尽くした。6月7日、ノニト・ドネアとの統一戦前に行われた座談会の再録。前編。

ボクシング

<ドネアとの統一戦直前企画:上>

左から元ボクシング担当の首藤正徳、共同通信の津江章二氏、現担当の藤中栄二

左から元ボクシング担当の首藤正徳、共同通信の津江章二氏、現担当の藤中栄二

パウンド・フォー・パウンドの頂点へ

首藤 井上尚弥は現在、PFPランキングで3位にランクされています。つまり全階級の現役世界王者の中のベスト3。今回のドネア戦に完勝すれば、トップにランクされる可能性もあります。今や彼の強さは世界が認めています。なぜ井上はこんなに強いのでしょうか。

津江 他の世界王者との明らかな違いはスピード。ジャブもフィニッシュブローもハンドスピードがずばぬけている。瞬発力が違う。その上でパンチにパワーと切れがある。不思議なほど欠点がない。

藤中 スピードに加えてパワーもある。スパーリングで相手が倒れるのを何度も見ました。長くボクシングを取材していますが、他の選手同士のスパーリングで倒れるのはあまり見たことはないですね。

津江 スパーリングは試合ではないから全力ではやらない。グローブも大きい。それでも倒せるというのはすごいね。彼のすごみはワンパンチでKOできるところ。

藤中 象徴的なのが18年10月のWBSS1回戦の元WBA世界バンタム級スーパー王者ファン・カルロス・パヤノ戦。高速ワンツーの一撃で初回1分10秒でKO勝ちしました。それが日本人世界王者の最短KOになっています。パヤノはプロキャリア初のKO負けでした。

津江 あれは試合開始のゴングが鳴って彼が初めて出したパンチでKOした。ジャストタイミングで。日本人にはできないKO劇だった。

首藤 確かにスピードもパワーもあるが、今、この瞬間というチャンスを瞬時に判断して、ためらいなく踏み込んで打ち込める。ひらめきと、タイミング、勇気。そのセンスがすごいと思う。

津江 彼がアマチュア時代にトップ選手たちが「井上は今までのボクサーと全然違う」と話していたから、もともと持って生まれたものが違うと思う。その素質に加えて、彼はよく練習をするからね。

藤中 瞬時にちゅうちょなくパンチを打ち込めるのは、それだけ集中力が高いからだと思う。彼が他の選手と違うのは、ジムで話し掛けても、全然反応してくれない時がある。無視しているわけではなくて、それだけ集中しているんです。本当にすごい集中力で練習している。トレーナーの父親も練習からピリピリした空気をつくって、その空気が私にも伝わってくる。しかも、そのピリピリした感じが、キャリアを重ねるごとに増している。試合はさらにすごい集中力だと思いますね。

津江 ボクシングに限らず、天才というのは集中力だとよく言われますよね。