愛されるとは。横浜F・マリノスJ開幕1勝から500勝まで全てを見守った男の40年

横浜F・マリノスが、史上2クラブ目のJ1通算500勝を達成した。7月2日の第19節清水エスパルス戦に5-3で勝った。1993年(平5)5月15日のJリーグ開幕戦での歴史的1勝目からちょうど30年目。再び国立の舞台に歴史の1ページを刻んだ。一般社団法人F・マリノススポーツクラブの理事、スクール・ふれあいダイレクターを務める望月選(えらぶ、59)は、そんな伝統クラブを40年間も見続けている。クラブが地域に根ざし、愛され続けるとはどういうことか。多様な人とのふれあいを大事にしてきた望月が、F・マリノスの歩みを語った。(敬称略)

サッカー

史上2クラブ目となるJ1通算500勝達成を喜ぶ横浜理事でスクール・ふれあいダイレクターの望月氏

史上2クラブ目となるJ1通算500勝達成を喜ぶ横浜理事でスクール・ふれあいダイレクターの望月氏

国立で見たJリーグ初ゴール、クラブの歴史的一歩

国立で見た美しい軌道が脳裏に焼き付いている。

500勝達成から1万640日前の93年5月15日、ヴェルディ川崎(現東京V)との試合でMFエバートンが決めた横浜のJリーグ初ゴール。左よりから右足を振り抜き、カーブがかかってゴール右上を射抜く-。バックスタンド中央から、クラブの新しい歴史が動きだすのを見届けた。

サッカー王国・静岡の出身。静岡学園から82年に日産へ入社した。公式戦の出場はなく、85年に現役を引退。国内ではまだまだ整備が進んでいなかったスクール(現マリノスサッカースクール)の立ち上げに関わり、コーチに就任した。

近い将来、プロリーグができる-。そうにらんだのが、当時監督だった加茂周だった。「プロができるなら、自分たちで選手を輩出したい」。その言葉に共感し、クラブの未来のために力を注ぐと決めた。

トップチーム以外はスクールからユースまで全カテゴリーの指導を経験した。日産時代にチームメートだった水沼貴史の子である水沼宏太、日本代表としても活躍した栗原勇蔵らをジュニアユースユースで指導した。栗原は現在もクラブでともに仕事をし、水沼が現役で主力。彼らを育てたことも誇りだった。そして09年に育成の現場から離れ、転機が訪れる。