NFLに挑む20歳のアマ横綱・花田秀虎 相撲エリートが異例の道を選んだ理由

大学相撲から新たな挑戦をする選手を紹介する。日体大相撲部の花田秀虎(3年)。アマ横綱ながら、異例の道に進む。

大相撲

3月6日。神奈川の富士通スタジアム川崎のピッチに1人の力士が立った。アメリカンフットボール日本社会人Xリーグに所属する20チームが、新人選手発掘のために開催した合同トライアウト。40ヤード走では5秒23と平均的なタイムを出し、1対1では鋭い“立ち合い”から経験者を吹っ飛ばした。身長185センチ、体重135キロ。現役選手と比較しても遜色ない体格で、アメフト初心者が高い潜在能力を見せつけた。

稽古に励む日体大相撲部の花田秀虎

稽古に励む日体大相撲部の花田秀虎

◆花田秀虎(はなだ・ひでとら)2001年(平13)10月30日、和歌山市出身。小学2年時に地元のわんぱく相撲大会に出場して優勝し「和歌山市少年相撲教室」に通う。和歌山商高では1年時に全国高校選抜大会個人戦で優勝。2、3年時には世界ジュニア選手権の無差別級で2連覇。日体大進学後、20年の全日本選手権で優勝し「アマチュア横綱」に。大学1年の優勝は84年の久嶋啓太(元前頭久島海)以来36年ぶり2人目の快挙。185センチ、135キロ。

相撲界の宝、将来の横綱候補が

花田秀虎20歳。日体大相撲部所属の3年生。1年生ながらにして20年全日本選手権を制し「アマ横綱」に輝いた逸材だ。

将来の横綱候補の1人として挙げられる“相撲界の宝”による、アメフトのトライアウトへの参加。「僕が想像している夢に向かってどんどんどんどん近づいている感触がある。今は相撲をやっていますけど、やっぱりNFLを目指すのが大きいですね」。視線はすでに日本を飛び越え、世界最高峰の米フットボールのNFLを見据えていた。

大学時代にレスリングで全国優勝の経験がある父と、柔道指導者の母との間に生まれた。小学2年で相撲を始め、和歌山商高では1年生で全国選抜大会の個人戦で優勝。2、3年で世界ジュニア選手権の無差別級で2連覇した。まさに相撲エリートの花田だったが「実は中学ぐらいからアメフトをやりたいと思っていた」とアメフトへの挑戦を抱き続けていた。

Xリーグの合同トライアウトを受ける日体大相撲部の花田秀虎

Xリーグの合同トライアウトを受ける日体大相撲部の花田秀虎

屈強な体の男への憧れ

きっかけは1つの動画だった。「総合格闘技とか柔道とかレスリングとか他競技を見るのが好きだった」とスポーツ少年だった。さまざまな競技を動画で見ている時、ふとNFLの動画に目がとまった。

画面に映ったのは屈強な体の男たちが激しく体をぶつけ合い、時には華麗に走り抜けるプレー。「球技といってもほとんど格闘技じゃないですか。めちゃくちゃ刺激的でした」とどっぷりとはまった。

しかし、地元の和歌山をはじめ、これまでにアメフトに触れ合う機会はなかった。小学校から一筋でやってきた相撲で結果を出し続け、日体大1年時に史上2人目のアマ横綱に。それでもアメフトへの気持ちは薄れていなかった。

月日は流れて日体大2年の1月。アメフト関係者が、SNSでXリーグの合同トライアウトの告知をしていたのが目に入った。いてもたってもいられず、すかさず申し込んだ。相撲部の斉藤一雄監督にアメフト挑戦への思いを伝えたのは、申し込みから約3週間後、トライアウトの1週間前だった。

「アメフトという競技は年齢が上がってやるスポーツではない」

斉藤監督は、明大中野時代の後輩の言葉を借りて花田の背中を押した。その後輩こそが、66代横綱若乃花の花田虎上氏だ。花田氏は29歳だった00年春場所で引退し、一時は日本相撲協会に残ったが同年12月に同協会を退職。翌年の01年に力士時代から憧れていたアメフトへ挑戦し、Xリーグのオンワードスカイラークスに入団した。

花田が理想とする、角界からのアメフト挑戦を体現した大先輩の言葉が胸に響いた。