【闘魂の実像:全45回】「オレの夢に乗る必要ある」アリの懐事情も考慮〈アリ編4〉

アントニオ猪木さんが2022年10月1日午前7時40分、心不全のため都内の自宅で亡くなった。79歳だった。日刊スポーツでは06年に行った計8時間に及ぶロングインタビューをもとに45回の連載を掲載した。そこで綴られた波瀾万丈の人生を「闘魂の実像」と題して再録する。第2章「モハメド・アリ編」の第4回。(敬称略)

プロレス

〈第2章・第4回(全45回)〉

1000万ドル(当時約30億円)。アントニオ猪木がムハマド・アリから最初に要求されたファイトマネーである。75年当時の公務員の初任給が8万5000円だから、今なら100億円近い大金になる。新日本プロレスの当時の年商は20億円に満たなかった。常識的に考えれば実現の可能性はない。それを可能にしたのは、後先を考えない猪木の「非常識」な性格だった。

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田口潤Jun Taguchi

入社以来、スポーツ部では、五輪競技、相撲、サッカー、プロレス、格闘技、ボクシング、ゴルフを担当。五輪は98年長野、04年アテネ、14年ソチ、16年リオデジャネイロ大会を取材。
プロレス取材は05年で、新日本の暗黒時代だった。