【38代木村庄之助の定年会見全文】「好きな社会ですから、なんでも我慢できた」
大相撲秋場所(東京・両国国技館)を最後に日本協会を定年退職する立行司の第38代木村庄之助(64=高田川、本名今岡英樹)が21日、土俵生活最後の日を翌日に控え会見に臨んだ。行司人生約50年。思い出の一番や、故郷である相撲発祥の地出雲への思いなどを語り、最後に涙ぐむシーンもあった。
大相撲
―ただ今より38代木村庄之助の定年会見を行います。まず初めに、ご本人よりごあいさつがあります
庄之助 行司道50年、御皆様方には大変お世話になりました。心から感謝申し上げます。
―今はどんな思いですか
庄之助 まだ残りの行司がございますので、今まで通り変わらない平常心で頑張っていきたいと思います。
―明日、最後の一番を迎えられる
庄之助 いや、最後という気持ちは全くありませんので、相撲は永遠に続くと思ってます。
―その言葉はどんな思いで
庄之助 自分の魂はずっとそこにあるってことですね。
―今場所、この15日間を迎える中で、どういった気持ちでしたか
庄之助 いつもと変わらない場所だと思うんですけど、特に思ったことは。今場所に限っては、すさまじい相撲、スピーディーな、すごく皆さまが興奮するいい相撲、また際どい相撲が、私も合わせて各行司、他の場所以上にあったような気がします。
―その中で大切にされてきたことは
庄之助 やっぱり冷静に見極めるということなんでしょうけど、力士の気持ちの中に入り込んで相撲の流れを見るということが大事かなと思ってやってきました。
―明日の千秋楽がご自身の誕生日
庄之助 偶然なのか必然なのか、それはわかりません。
―土俵人生およそ50年、どんな時間でしたか
庄之助 反省の繰り返し。達成感もたまにはありますけども、反省の繰り返しという行司の人生だと思います。
―あっという間でしたか
庄之助 いや、長かったです。
―いま思い返すと、どんな記憶がよみがえってきますか
庄之助 やはり厳しいというか、僕らが入ったころと今とはちょっと違うかもわかりませんけど、厳しい。それ以上の言葉はありません。厳しい社会、相撲界ですね。その代わり、その分温かみがあるから、師匠や若いお相撲さんに支えられてやってこれたと思います。
―温かみというと、例えばどんな
庄之助 やっぱり相撲部屋というのは、行司というのは、相撲部屋に所属してるんですけど、みんな親元を離れて出てくるんですけど、やはりその新しい家族に守られて生活していくという流れですね。
―行司として大切にされてきたことは
庄之助 威厳というのは人が認めることなんでしょうけども、自分の中ではそういうものを持って力士の前に立っていなければならないという、使命感を持って頑張ってきたと思います。
―気持ちの部分が大きかったんですか
庄之助 お相撲さんは毎日、稽古を頑張って、厳しい勝負に立ち向かっていきますよね。それを合わせる行司というのは、それ以上にその気持ちがなければできないと考えております。
―土俵上以外にも行司としての仕事がいろいろあるなかで、どんなことを大事にされてきましたか
庄之助 土俵で裁くにはその周りの仕事ができないと、土俵には立てないというふうに教えられてきましたので。やはりその土俵を清めるためには、やはり周りの仕事を大事にして、そういう雰囲気をつくっていく仕事が行司だと思います。
―50年の中で、こう思い出の一番を挙げるとすると
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