【名将列伝】2年間未勝利の岡山理科大サッカー部を率い無敗V~秦監督が目指す日本一

異色の指導者がいる。岡山理科大の学長補佐で、サッカー部の秦敬治監督。2年間公式戦未勝利だった同校を率い、昨季は中国大学リーグ2部を18戦無敗(15勝3分け)で制し初の1部昇格。過去には全国的に無名だった西南学院大や国立の愛媛大を全国(総理大臣杯)へ導いた経歴がある。その指導法を聞きたくて岡山を訪ねた。

サッカー

名将列伝〈3〉

〈目次〉

■脳はみな一緒~捉え方で差が出る

■目標は行きたいところの1つ先に置く

■勝つためにメンバーを選ばない

■Next Football~教えるのではなく気づかせる

■負けた時にしか見えない景色

■大切な人を守るということ

■強い相手に勝つ戦法~90分マジで戦うな

岡山理科大サッカー部

岡山理科大サッカー部

コーチはAIと代表森保監督の〝右腕〟

すっかり日が暮れたグラウンドに選手が集まっていた。

まだ始動したばかりで、その日はフィジカル中心のメニューだった。

午後7時からみっちり2時間。時折、笑い声が聞こえる。

秦監督に声をかけると「茶髪の選手もいるんですよ」と笑いながら、就任当時のことを教えてくれた。

「ママごとみたいなサッカーをやっていたんです。1勝もできないチームでね。

しかし、熱い思いを持った選手がいて『僕がキャプテンになったら監督になってください!』と言いに来たんです。その子は広島の瀬戸内高校の出身で、2年の時に選手権でベスト4に入って国立まで行きましたが、全国では試合に出ていなかったと思います。

数学の先生になって母校に戻りたくて、理科大に来ていたのです。その子のおかげで今があるんですよ」

その生徒の名は岸波真哉という。大学を出ると瀬戸内に戻って、教師をしながらサッカー部のコーチになった。

彼は主将になると、仲間にこう伝えたという。

「本気で日本一を目指す気がないヤツは今すぐ辞めてくれ」

かなりの選手がチームを去ったが、秦はその心意気にほれて監督を引き受けた。

分析担当には日本代表の森保一監督が広島を率いてリーグ連覇を達成した時にコーチを務めた久永啓氏がいる。

岡山理科大サッカー部のドラマは、そこから始まった。

4月に倉敷芸術科学大学長に就任

◆秦敬治(はた・けいじ)◆

1963年(昭38)10月6日、福岡市生まれ。小学校の頃にサッカーを始め、福岡商(現福翔高)でインターハイと国体16強。高3の全国高校選手権福岡予選は靱帯(じんたい)を断裂しながら東海大第五との決勝戦に強行出場、惜しくも準優勝に終わった。近大(通信制)から3年時に西南学院大に編入し九州大大学院博士課程修了。事務職員として同校サッカー部の指導にあたり20年目で総理大臣杯に初出場。2006年に愛媛大に移り2011年から監督、翌2012年に21年ぶりの総理大臣杯出場に導いた。追手門学院大総監督、松山商コーチを歴任。2022年から岡山理科大監督に就任。現在は岡山理科大学長補佐、4月からは監督を続けながら同じ学校法人の倉敷芸術科学大の学長に就任する。

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スポーツ

益子浩一Koichi Mashiko

Ibaraki

茨城県日立市生まれ。京都産業大から2000年大阪本社に入社。
3年間の整理部(内勤)生活を経て2003年にプロ野球阪神タイガース担当。記者1年目で星野阪神の18年ぶりリーグ制覇の現場に居合わせた。
2004年からサッカーとラグビーを担当。サッカーの日本代表担当として本田圭佑、香川真司、大久保嘉人らを長く追いかけ、W杯は2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、ラグビーW杯はカーワンジャパンの2011年ニュージーランド大会を現地で取材。2017年からゴルフ担当で渋野日向子、河本結と力(りき)の姉弟はアマチュアの頃から取材した。2019年末から報道部デスク。
大久保嘉人氏の自伝「情熱を貫く」(朝日新聞出版)を編集協力、著書に「伏見工業伝説」(文芸春秋)がある。