【ブルーペナント〈28〉】8歳の久保建英少年、バルサ移籍への「伝説の1年4カ月」

「ブルーペナント」。

その存在を知っている人はどれほどいるでしょうか。日本代表選手が初めて国際Aマッチに出場した際に「育成年代に特にお世話になった指導者を申告」し、記念となるペナントを作成して贈る日本サッカー協会(JFA)の指導者表彰制度。今回はMF久保建英(25=レアル・ソシエダード)のルーツを紹介します。小学生時代に1年4カ月だけ川崎フロンターレのアカデミーに在籍。世界的な選手に成長した「日本の至宝」は25歳にして2度目のワールドカップ(W杯)北中米大会に臨みます。2011年8月にバルセロナの下部組織へ移籍するまで指導した長橋康弘さん(50=元清水エスパルス、元川崎F、現川崎Fコーチ)に話を聞きました。

サッカー

◆久保建英(くぼ・たけふさ)2001年(平13)6月4日、神奈川県川崎市生まれ。2歳でサッカーを始め、11年9月に川崎FのU―10からバルセロナの下部組織へ。中学2年の15年5月に東京U―15むさしに加入し、17年5月に15歳でU―20W杯に出場。同年9月に16歳で東京のトップ昇格。19年6月4日に18歳となり、レアル・マドリードへ移籍。複数の期限付き移籍を経てレアル・ソシエダードに完全移籍。今季は国王杯を制し、プロ初タイトルを獲得。A代表は19年5月に初選出。21年東京五輪、22年W杯カタール大会出場。173センチ、64キロ。利き足は左。


◆長橋康弘(ながはし・やすひろ)1975年(昭50)8月2日、静岡県富士市生まれ。富士第二サッカースポーツ少年団でサッカーを始め、東海第一中、県立静岡北高から清水でプロ入り。97年に当時JFLだった川崎Fへ移籍。06年シーズン限りで引退した。J1通算82試合3得点、J2通算151試合7得点。07年から川崎Fの普及部コーチとなり、08年から育成部へ。U10からU-18のコーチ、監督を歴任し、25年からトップチームのヘッドコーチに就任した。26―27年の新シーズンからはU-21の監督を務める。

日本代表久保建英を小学時代に指導し、ブルーペナントを贈られた川崎フロンターレの長橋康弘コーチ

日本代表久保建英を小学時代に指導し、ブルーペナントを贈られた川崎フロンターレの長橋康弘コーチ

09年小2秋 出会った頃からモノが違った

出会った頃からモノが違った。2009年、小学2年の秋に川崎Fのセレクションに合格した久保について、長橋さんはこう語る。

「同じ学年の選手と比べると、やっぱりかなり抜けた存在ではありましたね。周りが見えていて、他の子はボールに群がる感じになってしまう中、遠くを見えていた。自分で運んでいくこともできるし、パスで味方を動かしながら、ゲームをコントロールする、組み立てることができていた印象です」

5月31日、アイスランド戦でキャプテンマークを付けプレー

5月31日、アイスランド戦でキャプテンマークを付けプレー

6月4日、この日が25歳誕生日の久保は、菅原由勢からバースデーケーキを受け取り笑顔

6月4日、この日が25歳誕生日の久保は、菅原由勢からバースデーケーキを受け取り笑顔

「3年生の時にはU-11で活動」

地域の有望株が集まる川崎Fの下部組織にあっても、異彩を放っていた。そもそも2010年度に向けた選抜試験に新3年生で合格したのは久保を含めて3人のみ。1学年上の選手たちと活動することになっていたが、すぐにその上、5年生を中心としたU-11のチームで練習する方が久保のためになると判断され、飛び級でやるようになった。そこでコーチをしていたのが長橋さんだった。

「いろいろな状況の中でやっぱり一番いいものを選択できるというところに彼の特長を感じました。3年生の時にはU-11で活動していたと思うんです。判断のスピードの部分でいえば、6年生や中学生に入ってもできるというような評価でした。トレーニングの中でも、意図とか、自分はどういう特長があるのか、どういうことを強みにしたらいいのか、こんなタイプになりたい、とイメージができていました」

川崎フロンターレの下部組織時代の久保建英(C)KAWASAKI FRONTALE

川崎フロンターレの下部組織時代の久保建英(C)KAWASAKI FRONTALE

13年8月、「U-12ジュニア・サッカー・ワールドチャレンジ」で、バルセロナの一員として来日した久保。天才少年見たさに約2000人が詰めかけた

13年8月、「U-12ジュニア・サッカー・ワールドチャレンジ」で、バルセロナの一員として来日した久保。天才少年見たさに約2000人が詰めかけた

一番うまくなりたい場面の練習メニュー自ら考案
「後にも先にも出会ったことがない、賢い子」

忘れもしない出来事がある。Jリーグでも活躍して06年限りで現役を退き、普及部から育成部に着任して3年目だった長橋さんは、久保のある言動に指導者として衝撃を受けた。

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スポーツ

佐藤成Sei Sato

2019年入社。高校野球の埼玉県担当後、文化社会部に配属。社会班として、常磐自動車道あおり運転事件や埼玉県知事選などを取材。
11月から芸能班に配置転換で、放送担当に。日本テレビ、TBSを受け持った。事務所はワタナベエンターテインメントやホリプロ、吉本興業など。
23年5月にスポーツ部へ異動。サッカー班として川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、A代表、U-23日本代表、なでしこジャパンの担当となる。24年1月アジアカップカタール大会、パリオリンピックなど取材。血液型B。