きっかけは年頭の奈良競輪場だった。ふと目にしたジャンパーの背中に「コロコロ整骨院」のロゴ。着ていたのは滋賀の77期、山田康博選手だった。

3度にわたる開腹手術の影響で、記者は慢性の腰痛や肩凝りに悩まされている。自宅のある京都府向日市内にこの整骨院があると聞き、早速患者となった。

驚いたのは山田自身が鍼灸(しんきゅう)師の免許を持ち、実際に治療していること。いわば競輪選手と鍼灸師の「二刀流」だ。

レース前(左)と白衣姿の山田康博(撮影・岡田晋)
レース前(左)と白衣姿の山田康博(撮影・岡田晋)

山田 向日市は競輪場があるので、選手にも声をかけやすいし、来てもらいやすいからね

とはいえ、鍼灸師は国家資格が必要。合格までにはかなりの時間と労力、そして勉強が必要だった。

山田康博のはり師免許証(左)ときゅう師免許証(撮影・岡田晋)
山田康博のはり師免許証(左)ときゅう師免許証(撮影・岡田晋)

山田 3年間、レースをしながら夜間学校に通って勉強しました

山田が資格を取るきっかけは、同県の先輩、渡辺一貴元選手だった。

山田 選手として伸び悩んでいる時にアドバイスをもらって、一緒に練習するようになった。自力から番手を狙う競走に転換して、A級の一番下から一気にS級の得点が取れました。その後、渡辺さんが柔道整復師の資格を取るため、学校に通い始めたんです

番手にこだわる競走は、戦法的に競りがつきもの。どうしても落車とケガがついて回る。山田も例外ではなかった。そんな時、山田にとって柔道整復師による治療以上に効果を実感したのが「はり」だった。

山田 滋賀に「はり」の師匠がいて、そこで骨折のケアやヘルニアなどの治療をしてもらっていました。

その後、渡辺さんと同じように学校に通い、選手をしながら鍼灸師の資格を取得した。先に引退した渡辺さんがオーナーを務める「コロコロ鍼灸整骨院」に誘われ17年から勤務。18年にオープンした向日市の向日院に移り、選手と二足のわらじを履いている。

コロコロ整骨院・向日院の堀友貴院長(左)と山田康博(撮影・岡田晋)
コロコロ整骨院・向日院の堀友貴院長(左)と山田康博(撮影・岡田晋)

院長の堀友貴さん(24)は「競走があって診察日は限られますが、山田先生のはりを目当てに来られる方も多いですし、何より患者さんと打ち解けるのが早くて、すぐ談笑する声が聞こえます」と話す。患者は近所のお年寄りをはじめ、競輪選手はもちろん、高校の野球部員や、地元の女子プロ野球選手らスポーツ関係者も多い。

患者に施術する山田康博(撮影・岡田晋)
患者に施術する山田康博(撮影・岡田晋)

山田 スポーツ選手として、自分が感じてきた苦しみを治療できたらと思っています。特に競輪選手が相手だと、自分の経験則もあるので治療もしやすいですね。若い選手はケガをしたときに、どう対処するのかが分からない場合が多い。これから出てくる若い選手のためにも、治療していければと思う。

ただ、選手としては、厳しい状況にある。昨年6月、京都で大きな地震(大阪府北部地震)があった2日前に交通事故で負傷。その後復帰したが、リズムを取り戻すのに苦労している。それでも気力は衰えていない。

山田 選手最後の日が来るまで、二足のわらじは続けます。レースで応援の声がかかったり、近畿圏内にもまだ僕のファンがいてくれる。そんなファンのためにも、今は万車券に絡んで貢献したいんです。1着を取る、という目標もあります。

競輪選手と鍼灸師。今日も山田は「現役二刀流」を続けている。