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復刻・保田隆芳調教師勇退へラスト週

 騎手、調教師として活躍した保田隆芳さんが1日、死去した。戦前から競馬にたずさわり、1997年に調教師を勇退した。ラストウイークの競馬に向かう当時の記事から復刻した。(年齢、肩書きは当時のもの)

★★1997年2月21日付・日刊スポーツ東京本社記事から★★

 今でこそ、人馬とも海外遠征が珍しくなくなったが、保田隆芳師(76)はその先駆け的な存在だ。1934年(昭9)に14歳で騎手見習(東京・尾形藤吉きゅう舎)になったが、当時、ヒマを見つけては50銭を持って映画館に行き、ニュースフィルムを見ていた。保田少年が見る映像は、ケンタッキーダービーや英国ダービーなど本場の競馬だった。

 薄暗い映画館の中で、「いつかは競馬先進国に行ってみたい」という夢を見続けていた。それから24年後の58年、ハクチカラの米遠征で少年の夢は40歳を目前にした時期にかなう。半年間、アメリカに滞在したが、そこでモンキー乗りをマスターした。当時の日本は、天神乗りというアブミを長くする騎乗スタイルに近かった。それを徐々に短くして、空気抵抗の少ないフォームにした。「腰やモモが痛くなるし、バランスも取りにくい。帰国してからは“そんな乗り方で馬が御せるのか”と言われました。それでも私が成績を残せましたからね。そのうち若い人もモンキー乗りになってきました」と振り返る。日本の騎乗技術の進歩を考えたときに、保田騎手の果たした役割は極めて大きい。

 騎手としての天皇賞10勝は今後、破ることが困難な記録。ダービー2勝など重賞114勝を含む1295勝という成績を残し調教師へ。ここでもメジロアサマやトウショウボーイなどの一流馬を管理する。国際派の保田師が管理したこの2頭は、皮肉にも内国産種牡馬の数少ない成功例だ。

 調教時には今でも乗馬ズボンをはき、スタンドから直接指示を出すなど、元気いっぱい。勇退後は府中で和子夫人(70)と2人でノンビリとするそうだ。「馬券も少しは買ってみますか」と言う。

 戦前から騎手として活躍した保田師にとって、今のように女性も気軽に競馬場に来るのは、隔世の感があるようだ。関係者にとって、それは非常にうれしいことだという。「今の時代なら、保田騎手は武豊騎手みたいなアイドルになれたかもしれませんね」の問い掛けに、「そうですねえ。それもいいかもしれません」と笑ってみせた。

 [2009年7月2日18時59分]


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