今回は前回のマンチェスター・ユナイテッドの株価から見るフットボールクラブが好評であったためにもう少しこの部分を深く掘り下げてみたいと思います。

前回触れましたが、マンチェスターUは2012年にニューヨーク証券取引所に上場したわけなのですが、日本では、Jクラブはもちろん、野球も含めてスポーツ組織が上場するということはありませんでした(クラブ個々の判断でできることでもありません)。ヨーロッパサッカー界ですと、マンU意外にもイタリアを中心に(ローマ、ラツィオ、ユベントス=ミラノ証券取引所)ドイツはボルシア・ドルトムント(=フランクフルト証券取引所)、イングランドはアーセナル(=ナスダック)といったクラブが株式を公開していますが、これはなぜなのでしょうか。

単純に、やはり上場するメリットがあるわけなのですが、一般のファン・サポーターを“株主”とすることで、小口・大口の様々な大きさの資金調達はしやすくなることが考えられます。スポーツ組織の資金源は放映権による収入とスポンサーによるサポートやユニホームなどのグッズ販売が大半ではありますが、まさに今回のコロナウイルスによるスポンサー維持の難しさ・新たなリスクというような見方もできなくはありません。こういった所のリスクを少しでもヘッジする手法の1つとしてどのように資金を集めるかというところに繋がります。株価による時価総額の算定でチームの価値を高めていくことができますから、この点は非常にメリットになり得る部分になります。

一方でそこにはデメリットもあります。例えば、スポンサーと株主の線引きです。メインスポンサーは事業としてスポンサー活動を行う場合、スポンサーになり得る方々のやりたいことが契約書に書かれていたとしましょう。この場合は遂行しなければならなくなってしまいます。それが大口の株主によって反対されるようなケースはどちらを取るのか? というようなことが起こると、現場は混乱します。これを避けるためには、単なる社名・ロゴなどの宣伝広告のみを目的とした出資及び対応ということになるので、スポンサーは当然集まりにくくなります。

マンチェスターUの事例に戻りますと、前回も述べましたが、アメリカのNFLタンパベイ・バッカニアーズのオーナーでもあったマルコム・グレーザーが1つ鍵となります。マルコムは1995年にNFLバッカニアーズを買収し、スタジアム改築を機にチームの成績が上昇したこともあり2002年にスーパーボウルを制覇。これに味をしめたのか、2003年からマンチェスターUの株式を取得開始しました。このマンチェスターUへの投資とともにバッカニアーズの成績が落ちていくところがなんともドラマのような話ではありますが、このマンチェスターU買収のための資金の大半は、現地の報道によるとクラブの資産を担保に入れた高利息のいわゆる“借金“であり、そこへリーマンブラザーズ破綻のきっかけとなった金融危機が運悪く重なってしまったということでした。ただでさえ借金で手にしたものがさらに資金繰りが悪化し、まさに最悪なケースに陥ってしまいました。買収前の財政状況はそこそこ優良であったはずのクラブが一転、多額の負債を抱えるとなってしまって今日に至ります。

ここで1つ不思議に思うことは、なぜ借金をすることができたのか? ということです。現地の報道にも多く出ていた「クラブの資産を担保にして」という部分ですが、これはおそらく選手の売却を指すのではないかと考えます(当然、クラブの保有する不動産など多くの事象が対象でもあります)。しかし、そうであるとすれば、選手の資産価値ほど不安定なものはなく、金融的な硬派な見方からすると、おそらく資産価値が担保されるものではないと判断されるのが通常であると思います。つまり、いつ怪我をするのかわからず、もしかしたらそこには極論で命を落としてしまうというリスクもあるわけで、そのような高リスクを担保に金融機関から借金をすることはほぼ不可能に近いと感じているわけです。グレーザーの側近の金融機関が半ば無理やり承認したような気がしますが…。

ともあれ、これはあくまでも裏側で起きていることですが、その他の理由はピッチ上にもありました。2003年のベッカム退団です。当時は高額での取引ということもあり、ファイナンス視点からするとプラスにはなったのかもしれませんが、2002-03シーズンのリーグ優勝から2006-07シーズンの優勝まで3シーズンもロスしています。さらに欧州チャンピオンズリーグとなると1998-99から2007-08まで優勝はなく、1番儲かる部分で稼ぎきれていない感は否めません。このように何が起こっていたのかを順番に見ていくと、ファーガソンの退任によるチームの弱体化に目が行きがちですが、その前のクラブのファイナンス面での弱体化が大きなマイナス要因となり、これがファーガソンの退任を招いたという見方もできます。改めてクラブの経済基盤の大切さを感じることができるのではないでしょうか。そこにはまさに筆者がたたき込まれてきたスポーツマーケティングのピッチ内外でのバランスが問われているような気がしてなりません。

次回は株価という視点でイタリアのクラブを覗いてみたいと思います。【酒井浩之】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「フットボール金融論」)