ずっと気になっている選手がいた。J1から数えると“5部リーグ”に位置するアマチュアの関東1部リーグに所属する東京ユナイテッド、そこに今季から元日本代表DF岩政大樹(35)がいる。

 昨季、J2ファジアーノ岡山でJ1昇格プレーオフに敗れると、現役引退をほのめかして退団した。現役続行か引退か、そのはざまで揺れたあげく、出した答えが関東1部昇格を決めたばかりの、東京ユナイテッドでのプレーだった。Jクラブからのオファーもある中で、なぜ5部リーグに? その理由を直接聞いてみたかった。

ゴール前をケアする岩政(右)。後方はボンズ市原FWレナチーニョ
ゴール前をケアする岩政(右)。後方はボンズ市原FWレナチーニョ

 4月16日、千葉・ゼットエーオリプリスタジアムで行われたボンズ市原との開幕戦。岩政はひざの故障明けだったためベンチスタートだった。1点をリードされた後半30分から出場すると、ボランチに入り、チームメートを鼓舞しながらプレー。奮闘も及ばず、チームは0-1で敗れた。試合後、岩政はこちらの質問に対し、宙の一点をにらみつけ、一つ一つ言葉をかみしめるように答えた。

 ―新シーズンが始まりました。またサッカーができるという何か感慨はありますか?

 「ないですね。別にサッカーをしたくてサッカーをしている訳じゃないですから。仕事をしているだけなんで」

 ―(感慨は)ないんですか? では岡山をやめて、このチームでやることになった経緯は何ですか?

 「ひと言で言うのは難しいですが、僕の人生ですからね。別にサッカー選手うんぬんというよりも、僕の人生のトータルでみた道の途中ですから。そんな中で、このチームのミッションに対して挑戦していくということ。それをやってみようと」

 ―何か共感するものがあって、東京ユナイテッドを選んだのでは?

 「共感は入ってみなきゃ分からないです。入る前から共感するものなんてないですから。岩政だから与えてもらった仕事だと思っていますし、それに飛び込んだだけですね」

■異色のクラブ、東京Uとは

 ここで簡単に説明しておくと、東京ユナイテッドは従来にはない、極めて異色のクラブだ。東大と慶大のOBをルーツとする2つのチームが合体。東大のある文京区を拠点とし、大学と地域のコミュニティーの融合を図り、東京のど真ん中から2020年のJリーグ入りを公言している。率いる福田雅監督は、東大出身で現役のエリートビジネスマン。公認会計士でもある。今季、サッカー日本代表のサポーティングカンパニーでもある、みずほフィナンシャルグループとオフィシャルスポンサー契約を結んだ。ほかにも大手企業がバックアップする。アマチュアクラブが、である。そんな話題のクラブに、鹿島アントラーズで3度Jリーグを制覇し、10年W杯南アフリカ大会の日本代表メンバーにも名を連ねた岩政が、プロ選手として加わったのだ。その傍らで「東大コーチ」という肩書も持つ。

 ―サッカーだけにとどまらない影響力があると思いますが、何か目標とか、チームをどうしたいとかありますか?

 「先に考えることは、僕は一つもないです。みんなと接しながら、みんなに必要だと思うことを、僕が感じると思いますから。感じたままに言葉にするだけです。先に『こんなことしよう、あーしよう』なんて思って入ったものほど、うさんくさいものはないですからね。とにかくみんなを知って、何を彼らに言葉として、言動として与えていくのが彼らのためになるのか。このチームのためになるということを、後から僕が対応していくということですね。これが僕は大事だと思っていますので」

関東1部リーグの開幕戦に出場した東京ユナイテッドの岩政
関東1部リーグの開幕戦に出場した東京ユナイテッドの岩政

■世間体は気にしない

 ―実際、タイ(14年にBECテロサーサナに所属)にも行ったし、人がやらないようなことをやっている。チャレンジしたいという思いが強いのでは?

 「僕はチャレンジしているとは思っていない。本当に人生を歩んでいるだけなんですけど。ただ仕事をするという中に、やはり自分が経験したことのないことをすることによって、違う自分に出会うことができる。自分がやったことを『一生懸命頑張ります』と言ってやったって、幅が広がる訳はないですから、人間として。あえて自分が知らないところに環境を移して、より難しいだろう思うところに環境を移してみて、それに対して、自分が一生懸命に取り組んでいけば、自然にそれが終わった時にいい経験になって、それが幅になっていくので。だから、そう考えると他人と選び方が違うだけだろうと思います。あまり世間体とか気にしませんからね」

 さらに一呼吸入れ、岩政はこう続けた。

 「J1にいたらいいとか、J2にいたらいいとか、お金がもらえたらいいとか、そんなので仕事を選びませんので。とにかく自分にとって、今回が一番の難題と思いますが、それに対して、それを見て、自分が感じて、行動を移して、その中でそれを自分が次に生かしていければいい」

 ―今は東大生にサッカーを教えている。彼らはサッカーだけでなく、勉強もして、いろんな未来を描いている。そこにサッカーを前面に出して向かっていく。何か「おもしろいな」と思う部分が出てきましたか?

 「出てくると思います。それも、とにかく東京ユナイテッドのチームと東大の子らは違いますから。その子たちの心の中に入って行って、彼らの心情ですね。彼らが考えていること、頭の中の内側にどんどん入って行って、彼らがこっからサッカーを経験して、サッカー部というものを通じて将来をどう生かしていくか。そっから自分のやるべきことを考えていけば、いいんじゃないですか」

 岩政が「ミッション」だと答えた“5部リーグ”からJリーグに向けての大航海。「感じたままに」歩む男には、どんな未来が待っているのだろうか。【佐藤隆志】