「もう1度、同じような場面になっても、俺は同じようにファウルをしてでも止めると思いますよ」-。

 G大阪のDF岩下敬輔(28)は、クラブハウス横のベンチに座ってスパイクを脱ぎながら、そう言った。

 「同じような場面」とは、5月16日にあったJ1第12節・G大阪-川崎F戦(万博)でのこと。1-1で迎えた後半ロスタイムに“事件”は起きた。しびれるような試合展開の最後。川崎FのFW大久保嘉人(32)が、タッチライン際のボールをうまくトラップして、すぐに前を向いた。目の前にいたのはMF遠藤と、DF岩下の2人。すぐにトップスピードに乗ってフェイントをかける大久保に、遠藤はあっさりとかわされた。岩下も止められない。

 残されたのはGK東口だけ。まさしく失点のピンチだった。その瞬間、岩下は両手で大久保の肩と左腕をつかみ、まるでラグビーのタックルのように倒した。

 悪質なファウル。そんな表現がピッタリだった。1発退場でもおかしくなかったが、主審が出したのはイエロー。悪いことに岩下は前節の10日広島戦で、プレーとは関係のないところで相手MF清水に肩をぶつける行為があり、Jリーグから厳重注意を受けていた。度重なる悪行に、一部で批判の的にさらされたのは、言うまでもない。

 だが岩下の“悪質”なファウルは、本当に非難されるべきものなのだろうか。あくまでも私の考えだが、勝つためには汚いプレーも必要なのなのではないか、とも思う。

 1年前のW杯で日本代表が1勝もできずに1次リーグで敗退した際、どんな手を使ってでも勝つ「したたかさ」が足りないと感じた。G大阪がアジア制覇した08年以来、日本のクラブがACLで優勝できないのも、反則まがいの荒々しいプレーをしてまで勝利にこだわる韓国勢や中国勢に屈してきたからだ。

 クリーンなプレーをして、子供たちの模範になれ-。そんなきれい事を言っているようでは、いつまでたっても日本は世界と戦えない。そもそも、きれいなサッカーをして世界の強豪に勝てるほど、まだ日本は強くない。私はサッカーをする2人の息子に、ボールを奪われたら相手を倒してでも止めろ! と教える。むちゃくちゃな父親だが、きれいなプレーより、何が何でも勝ちたいという心こそが、大事なのではないか。その闘争心に胸を打たれることだって、あるはずだ。

 「あそこで点を取られて負けていたら、もう優勝なんて言えない状況になっていましたから。俺は悪者になったっていい。チームを優勝させるためには、ね」

 第12節終了時点で、首位浦和とは勝ち点4差の2位。あの終了間際に大久保に得点を許し、敗れていたら、その差は「5」に開いていた。体を張り、批判にさらされるのも覚悟して得た、勝ち点1。そんな岩下が、救われた言葉があった。

 「(試合後)家に帰ったら、嫁さんが『(大久保)嘉人さんが、こんなこと言ってるよ』って、ネットの記事を見せてくれたんです。やっぱり、嘉人さんはスゲー、選手ですよ」

 岩下のラフプレーに得点を阻まれ、引き分けに終わった試合後のこと。大久保は報道陣に、こう言った。

 「あれはナイスファウル。岩下やろ? ナイスDFやと思いますよね」。

 悔しかったに違いない。現に、倒された直後、大久保は怒りをあらわにして主審に執拗(しつよう)に抗議をした。それでも、ラフプレーを受けた岩下を褒めたのだった。2度の欧州移籍と、W杯も2度、経験した大久保はよく「日本はまだ甘いよ。あんなんじゃ世界には勝てない」と話していた。そんな大久保だからこそ、言える言葉だった。

 今の岩下は、自他ともに認めるヒール(悪役)だろう。だがいつか、そんな男が日本を救う日が来るのを、見てみたい気もする。【日本代表担当=益子浩一】

 ◆益子浩一(ましこ・こういち)1975年(昭50)4月18日、茨城県日立市生まれ。00年大阪本社入社。W杯は10年南アフリカ大会、14年ブラジル大会を取材。岩下のような武闘派に憧れたが、そろそろ丸くなろうと奮闘中。