芝は気になる。昨年までゴルフ担当。取材のために月曜日にトーナメントコースに到着したら、まず親しいプロキャディーさんについて行き、グリーンの芝質を確認しにいったものだ。

 スコアを最後に決めるのはパット。その最後のひと転がりを、時にカップに流し込むように、時に外れるようにと左右するのが、数ミリの芝だった。トッププロともなれば「優勝争いできるかどうかは、最後はグリーンの芝との相性」と言い切るほどだ。

 五感を研ぎ澄ませ、真剣に芝質を確認する。そんなプロゴルファーやキャディーの様な姿を、サッカーの練習場でも見かけた。

 8月14日午前9時、浦和がクラブハウスを構える、さいたま市の大原サッカー場。昼間の酷暑を予感させる強い日差しに目を細めつつ、選手たちが練習にそなえてピッチに駆け込んだ。

 そんな中、サイドラインの手前でひとり立ち止まり、けげんそうに足元を見つめる選手がいた。主将のMF阿部勇樹(33)だった。しばらくすると、得心したようにうなずきながら、何かひと言つぶやいてピッチに入った。

 「芝が刈られず、長いままだったんです。いつもと違って、水もまいてなかった」と阿部は言った。そしてすぐに、理由があることも察した。2日後には湘南とのホーム戦がある。埼玉スタジアムのピッチはおそらく、芝が長く、水もまかれないのだろう。

 練習が始まる。阿部は丁寧に、何度も、長い芝のピッチにパスを転がし続けた。大原サッカー場は葉も茎も細いティフトン芝、埼玉スタジアムは葉の幅も広い洋芝と、質は違う。「でも、ボールの転がりのイメージはつかめますよ」。重いボールの転がりを、しっかりと脳裏に焼き付けた。

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 2日後の湘南戦。やはり芝は長かった。パスの走りを良くするため、いつもキックオフ15分前に大量にまかれる水も、まったくまかれなかった。

 そして試合が始まる。やはりいつもの埼玉スタジアムのピッチとは、感触は違う。序盤はパスの尺が足りず、相手にカットされるミスをする選手もいた。

 しかし各選手、すぐに大原で身体に染みつけた感覚を思い出した。強めのタッチのパスで攻撃を組み立て、1-0で勝利。そして1週間後のホーム仙台戦では、大原サッカー場の長めの芝での練習の「集大成」が出た。

 前半37分。阿部がMF武藤に出した20メートルの縦パスは、地上からわずか数十センチ浮かせたことで、長い芝の抵抗を避けて速く飛んだ。

 武藤が中盤のMF柏木に返し、再度前線のMF梅崎に縦パス。ダイレクトでゴール正面のFW興梠につなぎ、頭で落としたところに武藤が走り込んで、右足で押し込んだ。

 選手がみな「今季のベストゴール」「理想の攻撃」と口をそろえた。見事な連係からの得点。それは阿部から武藤まで、すべて長い芝から浮かせた、球足が落ちない速いパスで演出された。

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 阿部は言う。「第1ステージを無敗で優勝できたのも、グラウンドキーパーのみなさんのサポートがあってこそ。朝も相当早い時間から、手間をかけて手入れをしてくれている。あの姿を見ると、本当に頑張らないといけないと思う」。

 阿部は多くの選手に先んじ、練習開始の2時間前からクラブハウスで準備運動を始める。しかしいくら早く練習場に着いても、すでにグラウンドキーパーは、芝の手入れに励んでいる。

 ただピッチを美しく仕上げるだけではない。たとえば鹿島とのアウェー戦の直前は、ピッチに無数のダイヤモンドの模様ができるよう、斜めの刈り込みを入れる。カシマスタジアムのピッチを再現したものだ。

 少しでも試合のピッチの感覚に近づけたい-。そんな一心で、手間をかける。時間をかける。汗を流す。

 たかが芝とは言えない。「結果的に」ではあるが、練習場の芝質が、史上初の勝利につながったこともある。5月30日、浦和はこれまで一度も勝ったことがないアウェー鳥栖戦で、6-1と圧勝した。

 実は鳥栖のホームスタジアムの芝は、今年から大原サッカー場と全く同じ品種のティフトン芝に変わっていた。昨年までは鬼門の敵地。それが一転、慣れ親しんだ“ホーム的ピッチ”になっていたのだ。

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 さて、なぜ試合会場の芝が長かったのか。埼玉スタジアムの洋芝は、夏の暑さには強くない。少しでも管理がうまくいかなければ、すぐに病気になり、ピッチは荒れてしまう。しかし埼玉のピッチは、夏場も青々と美しい。

 これはまさに、グラウンドキーパーの手腕と努力、そして苦心と葛藤のたまものだ。本当なら芝を短く刈り込んで、パスのスピードが出るようにしたいところだ。しかし刈り高を下げれば、その分、葉の表面積も減る。光合成の効率が落ち、洋芝のように暑さに弱い品種は特に“夏バテ”をおこして枯れてしまう。

 そのため、可能な範囲内で、芝を長くする。すると今度は、芝の中に湿気がこもりやすくなる。これも寒冷地育ちの洋芝には大敵だ。この時期にGKの立ち位置の芝が枯れているのは、まさに湿気が原因。地面がへこみ、水たまりができがちなためだ。

 散水も多すぎれば、湿気で芝はやられる。ただでさえ、雷雨が多い時期だ。天気予報、雨雲レーダーとにらみ合いをしながら、水をまくべきか慎重に検討する。ちなみに湘南戦、仙台戦ともに、直前は予報通りに雨が多かった。大原サッカー場のグラウンドキーパーは、埼玉スタジアムのグラウンドキーバーが試合前に散水できないことを、早くから予見していた。

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 コンコースからスタンドに上がる階段の向こうに、緑のじゅうたんが広がる。何度訪れても、サッカー場のピッチの美しさには、心がときめく。

 目に鮮やかな緑は、スタジアムの「劇場効果」を上げる、大事な要素だ。Jリーグの試合で、そして日本代表が戦うW杯アジア2次予選で、埼玉スタジアムのピッチは多くのサポーターを感動させるだろう。

 W杯予選で言えば、ホーム戦全戦を行う予定の埼玉のピッチは、日本代表の大きな強みにもなりうる。寒冷地向けの洋芝は、高温多湿のアジアでは育成が難しい。つまり、アジア予選で対戦する多くの国は、洋芝のピッチでのプレー経験が少ないのだ。

 そして暑さが落ち着けば、埼玉のピッチは同じ洋芝を用いるバイエルンの本拠地アリアンツ・アリーナなど、ブンデスリーガの試合会場で主流の芝の長さ、密度に仕上げられる。ドイツ組が多い日本代表にとって、さらなるアドバンテージが生まれるはずだ。

 それもすべて、大原サッカー場と埼玉スタジアムのグラウンドキーパーの努力と「あうんの呼吸」のたまもの。リーグ戦のホームの利を保ちつつ、洋芝の管理が難しい夏場を乗り切るという、二律が相反する難しいミッションを協力してこなしたからこそだ。

 連日気温40度に迫る猛暑の中、汗水流して整えられる、最高の緑の舞台。ハリルジャパンには、後押しに応える内容と結果を期待したい。【塩畑大輔】

 ◆塩畑大輔(しおはた・だいすけ)1977年(昭52)4月2日、茨城県笠間市生まれ。東京ディズニーランドのキャスト時代に「舞浜河探検隊」の一員としてドラゴンボート日本選手権2連覇。02年日刊スポーツ新聞社に入社。プロ野球巨人担当カメラマン、サッカー担当記者、ゴルフ担当記者をへて、15年から再びサッカー担当。趣味はゴルフだが、石川遼にも「素振り時のヘッドスピードが、ショット時には半分になる」と指摘される思い切りの悪さが課題。血液型AB。