選手名鑑を手に取り、身長を調べてみた。「170センチ」。サッカー選手の中で高い方とは言えない。それでも存在感が群を抜く。広島の顔と言えるFW佐藤寿人(33)のことだ。初めて…いや、2度目の肉声を聞き、サッカー勉強中の身ながら感じることがあった。

 11月1日に野球部から報道部へと異動してきた私は、12月2日のチャンピオンシップ(CS)決勝G大阪戦(第1戦・万博)が初めての試合取材だった。劇的な展開に、大勢の報道陣…。試合後の取材エリアでは冷静さを失っていた。それでも佐藤の言葉だけは、メモを取らずともインプットすることができた。

 「100%というのはあるけれど、自分たちはそのデータを無視しないといけない。100%はいずれ、100%じゃなくなる」

 後半ロスタイムでの逆転勝利。広島はその夜、最高のデータを味方に付けた。過去9例で初戦黒星のチームがCSを制した例がないのだ。データに頼れば、第1戦勝利が日本一につながる。だが、佐藤は安堵(あんど)感を出さない。「まだ前半が終わったばかり。ガンバも悔しい思いを持っている」。試合では得点こそなかったが、後半13分の交代まで前線でハードワークを怠らなかった。11月22日湘南戦でマークしたJ1歴代最多タイ157得点の実績はもちろん、姿勢、言動。全てが広島における最高の「教材」になり、チームを動かしているのだと思う。

 佐藤の肉声を初めて聞いたのは意外な場所だった。今年の夏。プロ野球記者だった私は広島遠征中、担当球団が宿泊するホテルに待機していた。そこにサンフレッチェの選手が続々と姿を現したのだ。何かの案件でホテルを訪れていたのだろう。テレビでよく見ていた佐藤を含む選手3人が、私のすぐ近くまで来たときだった。

 「すみません…」

 突然、年配の女性から話しかけられていた。ホテルの複雑な構造に戸惑い、目的地へたどり着けていないようだ。その時、後輩2選手を差し置いて真っ先に寄り添ったのが佐藤だった。「そこのエスカレーターを降りて…」。目線を女性に合わせ、ジェスチャーを交えながら丁寧に道案内をしていた。「ありがとうございます」。そう言ってエスカレーターを降りる女性を笑顔で見送り、何事もなかったように佐藤はその場を去った。一連の振る舞いを、後輩はじっと見つめていた。ごく自然に出た行動に、佐藤の人柄がにじみ出ているように感じた。

 2年ぶりの年間優勝へ。運命の第2戦は12月5日に本拠地Eスタで行われる。不敗神話の行く末は…。佐藤は最後にこう言った。

 「今回も100%(勝つデータ)は100%のまま終わらせたい」

 先頭に立つ男の力強い日本一宣言だった。残りは90分。試合終了時に見せる表情が楽しみだ。【松本航】


 ◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫県生まれ。大体大ではラグビー部に所属し、13年10月に大阪本社へ入社。プロ野球担当として2年1カ月を過ごし、今年11月に報道部へ。サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールなど日々異なる競技の現場に足を運ぶ。サッカー取材では、目の前の様子からフォーメーションを読み取ることに悪戦苦闘中。