「イチローが嫌いだ。あの人を見ていると…」。最近、よくテレビで流れているトヨタ自動車のCMを見ていたら、ふとある選手が頭に浮かんできた。

 柏MF中川寛斗(21)である。身長はたったの155センチ。もちろんJリーグ最小だ。メッシ(バルセロナ)のように体格のハンディを補う、並外れたテクニックやスピードがあるわけでもない。中川自身も「才能は全くない」と断言する。そんな男が元日本代表FW田中順也、FW大津祐樹らを押しのけて今季、先発の座をつかみかけている。先月28日の川崎F戦でも、ダメ押しとなる5点目を決めた。

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 CMでは「イチロー…」の後、以下のように続く。

 (1)「限界という言葉が言い訳みたいに聞こえるから」(リオデジャネイロ・パラ五輪競泳女子代表・一ノ瀬メイ=近大)

 中川は試合中、前線での守備や相手の穴を観察し、とにかく走る。試合に勝った後、仲間がサポーターと勝利を分かち合っている脇で、敗者のごとく下を向き、座り込んでいた時もある。「毎試合、試合が終わると、走りすぎなのか、重圧なのか分からないですけど胃が痛くなるんです」と漏らしたこともあった。それほどまでに自分を追い込み、力を出し尽くす。

 (2)「自分にウソがつけなくなるから」(同パラ五輪車いすテニス男子代表・三木拓也=トヨタ自動車)

 中川は日々の生活で、サッカーのためにルーティーンを重んじる。「1日のサイクルを習慣付けたくて。体のサイクルが作れてくる。そうすると、コンディションの波が無くなると、自分なりに考えてます」。原則、毎朝7時には起床し、11時半には消灯。寝る1時間前には読書を欠かさない。食事にも気を使い、「脂肪は付けたくない。体の切れが落ちる」と牛肉はあまり食べず、鳥肉が中心。冷蔵庫にある2リットルの水は毎日1本なくなる。準備には最善を尽くす。

 (3)「努力すら楽しまなきゃいけない気がするから」(同パラ五輪走り幅跳び男子代表・芦田創=トヨタ自動車)

 中川の性格は真面目で謙虚。自宅では、時間があればサッカーを見るのが日課だ。パスのアイデアが光るが、それも努力のたまもの。「自分のアイデアで生み出せる選手はそれは才能。でも僕にはそれがない。その代わり人からアイデアを奪って自分のものにするという努力はしてます」。発言からは危機感がにじむ。「サッカー人生は短い。特にこの身長ではサッカー人生はより短いと自覚してるんです」。だから、日々の努力を惜しまない。

 (4)「どんな逆風もチャンスに見えてくるから」(リオデジャネイロ五輪棒高跳び男子代表・山本聖途=トヨタ自動車)

 中川はユースからトップチームへの昇格が決まり、選手名鑑を眺めた。「どんなプレーヤーになったらいいんだろうか」。参考にするお手本を探したが、身長150センチ台の選手はいなかった。その時に決心した。「逆にいなくてよかった。プロになって同じように小さい選手を勇気づけたい。155センチだからプロになれないとかでなく、155センチだからできることもいっぱいある。活躍し続ければ、そういう子供たちに夢を与えられるのかな」。その使命感が、原動力となっている。

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 サッカーに限らず、日本のスポーツ界は体の大きさを重視する傾向にある。強豪チームのスカウティングの要素に、両親や兄弟の身長、体重がある場合もある。仮に家族の身長が小さい場合、それは減点要素となることもあると聞く。そういう現実はある。

 CMでは最後に「でも、同じ人間のはずだ」と締められる。中川を取材していると、努力の積み重ねや強い志し次第で、ハンディや逆境を乗り越えられると教えられる。たしかにイチローのように幾多の記録を残すようなプレーヤーではないだろう。ただ155センチでもJリーグで活躍できる-。小さなサッカー少年にも勇気を届けられる-。これからサッカーファンの記憶に残る選手となっていきそうな気がしている。【上田悠太】


 ◆上田悠太(うえだ・ゆうた)1989年(平成元年)7月17日、千葉県市川市生まれ。明大卒業後、14年に入社。文化社会部から昨年11月、スポーツ部に異動。サッカーでは柏、湘南、千葉を担当。