日本サッカーに貢献したある人の話です。

 その人は、日本選抜として日の丸を胸に戦ったことがあり、クラマー氏が来日してコーチングスクールを開いた時は、第1期生として先進サッカーを教わった。93年にJリーグがスタートした時は、あるチームの社長として地域密着のJリーグ百年構想を実践し、地域の人々に愛されるクラブを作り上げた。

 80歳を目前に、表舞台から退き、今は夫人の買い物に付き合ったり、歌舞伎観覧の送迎を担当する「運転手」生活を楽しんでいる。唯一の趣味は、日本リーグ時代から所属していた自分のチームの試合をテレビ観戦することだ。昨年まではスカパー!に加入していたため、操作方法を教わり、リビングで後輩たちの雄姿を見届けることができた。

 しかし今季から、JリーグがDAZN(ダ・ゾーン)と10年2100億円の大型放送権契約を結んだため、残念ながら、自宅でテレビ観戦することができない。夫人と2人暮らしの自宅にインターネット環境が整ってないためだ。DAZNでは「インターネット環境、メールアドレス、クレジットカードまたはデビットカードがあれば、登録所要時間は3分」と宣伝する。慣れた若者ならできるかもしれないが、年輩がチャレンジするには大きな勇気が必要だ。

 結局、その人はJリーグ観戦をあきらめた。先日、その人の自宅近くで食事をしながら聞いた話が身に染みる。「たとえインターネット会社と契約したとしても、その後のつなげ方が分からない。つながったとしても、トラブルがあったり、ボタンを押し間違えて操作方法が少しでも違ってたら、映らないかもしれないからね。そしたらまた人に頼らないといけないし、迷惑はかけたくないから。年とともに得るものもあるけれど、失うものもある。できないものを無理にやろうとは思わなくなったよ」。

 DAZNは、開幕シリーズでJ1のガンバ大阪対ヴァンフォーレ甲府戦と、J2の1試合をシステムのトラブルのため予定のチャンネルで生中継できなかった。当該クラブやファンには怒られるかもしれないが、私は「許せる範囲」だと思っている。しかし、60年以上も日本サッカーにかかわった功労者の楽しみが奪われた現実は、許し難い。

 先日、あるJの幹部は、都内のあるイベントで、巨額の放送権契約を結んでくれたDAZNを、これ以上ない言葉で褒めた。スポンサーへの感謝の気持ちは十分、分かる。しかし同時に、功労者への「ありがとう」も忘れてほしくない。DAZNのターゲットは若い年代。しかしJリーグは、利益を求める企業とは違う。すべての年代のファンが、気軽にサッカーを楽しむ放送環境を考えることも、Jの役目なのだ。【盧載鎭】

 ◆盧載鎭(の・ぜじん)1968年9月8日、韓国・ソウル生まれ。88年来日し、96年入社。約20年間、ほぼサッカー担当。現在、タイで開催中のアジア・ジュニア・カデ・フェンシング選手権のネット観戦が楽しみで、知人の次男・川村京太を応援中。