第96回全国高校サッカー選手権は、前回準優勝の前橋育英(群馬)が悲願の初優勝を果たして幕を閉じた。

 昨夏の全国総体王者の流通経大柏(千葉)と激突した決勝戦は、まさに頂点を決めるにふさわしい内容だった。一進一退の攻防の中で勝負を決めたのは、昨今の高校サッカー界で大ブームを巻き起こしつつあるロングスローの駆け引き、そして勝利への強い気持ちだったように感じた。

 決勝点となった後半ロスタイムのゴールは、前橋育英のロングスローがきっかけだった。左サイドの高い位置でスローインを得ると、DF渡邊(3年)は迷わずゴール前にロングスローを入れた。その流れからFW飯島(3年)が粘ってシュート。1度は相手にブロックされたが、こぼれ球をFW榎本(2年)が蹴り込んで勝負を決めた。

 この試合で前橋育英は後半19分に185センチのFW宮崎(3年)を投入した。186センチの榎本とのツインタワーを的にして得点を狙ったことも影響し、終盤からロングスローを選択するようになった。流通経大柏の10番を背負ったMF菊地(3年)は「なかなか相手を押し返せなかった。15番(渡邊)がロングスローを入れてくるのは分かってたけど、そこから脱出できなかった」と話した。

 もはや高校サッカーにおけるロングスローは当たり前の時代になった。今回の決勝では、ロングスローへの対応ではなく、その前段階での攻防が鍵を握った。失点シーンについて流通経大柏の守備の要のDF関川(2年)は「(前橋育英の宮崎が入り)背が高い選手が2人になって怖さが増して、守備のリズムができなくなっていた。ファーストで強く当たれなくて、逃げて逃げてロングスローで失点した」と振り返った。

 流通経大柏も準々決勝の長崎総合科学大付戦で相手のロングスロー攻撃に対応した経験もあり、慌てることはなかった。しかし、相手にロングスローを数多く入れられる流れを変えられなかったことを悔やんだ。関川は「大きく跳ね返せなかったのが相手の攻撃を多く食らっていた原因ですし、もっと高い位置にクリアしていればあの(失点の)ロングスローもなかった」とも話した。ロングスローができないような位置でボールをタッチラインの外に出さなければならない。そうした攻防があの試合では行われていた。

 そうした点で、前橋育英の狙いは当たっていた。渡邊は「うちの五十嵐とかは足が速いので、相手のサイドバックが高く上がってきた裏にボールを蹴るようにしていた」と話した。決勝点の場面も、ボールを奪うとすぐに最終ラインから左サイドの裏のスペースへロングボールを蹴った。守備陣形が整っていないことから流通経大柏のDF瀬戸山(3年)はたまらずタッチラインの外へと蹴りだした。何でもないようなクリアが、勝負の明暗を分けた。「ロングスローがある」と思わせるだけで、CKだけでなく、うかつに自陣でボールを外に出すことにも気を払わなければいけない。そうした駆け引きが、今回の決勝戦で垣間見えた。

ロングスローは重要な得点パターンのひとつという考え方が全国の高校サッカー指導者の間でも定着している。流通経大柏の本田裕一郎監督は「ロングスローは大事。流れが悪くてもセットプレーひとつで得点すればいい流れに変えられる」と口にし、セットプレーからの得点にこだわってきた。

 昨年優勝し、今大会は3回戦で涙をのんだ青森山田もMF郷家友太が専用タオルを持ち込んでロングスローを投げるなど、毎年のように投げ手を育成している。流通経大柏もロングスローをしないわけではない。宮本優太主将(3年)は「誰でも投げられるようにいつも練習していた」と明かす。ほとんどの場合はDF近藤(3年)がその投げ手を務めるが、初戦の大分西戦では宮本がロングスローを投げる場面もあった。長野県勢初の4強入りという大躍進を果たした上田西(長野)もFW田嶌(3年)というロングスローの名手を抱えていた。

 本田監督が話したように、セットプレーからの得点は試合の流れにはあまり左右されない。決勝では、攻撃面では前橋育英が数多くのチャンスを作っていたが、流通経大柏にも、あの時間に同じパターンでの得点はあり得た。最後に前橋育英に勝利の女神がほほ笑んだ理由は「選手権の決勝で勝つ」という執念の差としか言いようがない。

 決勝から一夜明けた9日、山田監督が「私たちは前回、青森山田がトロフィーを掲げて喜ぶ光景をスタンドの下から見ていた。あれは結構こたえた」と振り返れば、昨年の決勝も経験した田部井涼主将(3年)も優勝記念に手にした金メダルを見つめながら「去年はこれが銀色だった。やっともらえた。家に(銀メダルの)隣に置いて飾ります」とかみしめるように話した。決勝で勝つ喜びはもちろん、そこで負ける経験もチームをさらに強くする。

 決勝に敗れ、人一倍悔し涙を流した流通経大柏の関川はまだ2年生。試合後には「流経の看板になって、高校サッカーの主役になれるように、チームを勝たせられる信頼される選手になりたい」と話した。決勝戦前までには見せたことのない、勝利に飢えたような表情が印象的だった。【松尾幸之介】

流通経大柏対前橋育英 後半ロスタイム、ゴールを決める前橋育英FW榎本(左端中央22)(2018年1月8日撮影)
流通経大柏対前橋育英 後半ロスタイム、ゴールを決める前橋育英FW榎本(左端中央22)(2018年1月8日撮影)