真夏の太陽が燦々(さんさん)と照り付ける日のことだった。

 川崎Fの麻生練習場で、練習後に風間八宏監督(55)とFW大久保嘉人(34)がピッチの上で30分以上、2人きりで話しこんでいた。戦術的な意見を交わしているのだろうか…。練習後、大久保に話を聞くと、意外な答えが返ってきた。

 2人の会話は指導者談義。大久保が指導者のC級ライセンス取得の説明会に参加するにあたり、風間監督にライセンスプログラムなどを質問したところ、監督の実体験を踏まえた話に引き込まれていったという。

●あいまいな言葉は使わず

 風間監督は桐蔭横浜大、筑波大の監督を経て、13年に川崎Fの指揮官に就任した。指導者としてよく口にしているのは「言葉をかみ砕く」。例えば「バイタル(攻撃エリア)」という言葉があるが、一言で「バイタル」と言われても、各選手が頭に浮かべるイメージは三者三様だ。イメージがバラバラではチームにならない。だから、風間監督はあいまいな言葉は一切使用しない。

 川崎Fでも「質って何?」「蹴るって何?」「ポジショニングって何?」…など、だれが聞いても分かるよう、徹底して言葉を分解して選手に伝えていく作業を積み重ねてきた。だからこそ、全選手に「蹴る・止める」の技術が浸透し、寸分狂わぬ共通した「絵」を共有できている。これが、フロンターレ独自の攻撃スタイルと今季の躍進にもつながった。

 そのほか、大久保はチームをつくる上でも「上を怒ると下がついてくる、下を怒れば下が落ちていく」「ここが完璧、と言ったら、みんながそこに向かおうとする。こうやれ、といったらそれしかやらなくなる」など、風間監督の指導者論に共感を覚えたという。

 大久保は言う。「例えばみんな“集中”っていうけど、集中って何だよ、という話だよね。監督は、言葉を伝える大切さをすごく考えているんだなって。確かに、監督はミーティングでも、絶対に横文字は使わないからね。あいまいなことをどこまで、伝えていくか…。自分は言葉をかみ砕く、って考えたことがなかったから、おもしろいなあと思って」。

●ボールの置き場所にヒント

 風間監督は現役時代、天才肌のイメージがあるが、実は努力の人でもある。代表の活動をしていたころ、コーチで来た故ネルソン吉村氏(56)のプレーにくぎ付けになった。同氏が全部同じ場所にピタリと止め、すぐさま蹴り出す姿を目の当たりにし「どうやったら止めてすぐ蹴ることができるのか」を見て研究した。その中で「ボールの置き場所」にヒントがあることに気づいたという。風間監督は「人の数百倍考えたし、数百倍ボールを触ってきた」と話すが、自身でとことん技術を研究し、試行錯誤した経験があるからこそ、大学生にもプロにも、分かりやすい言葉で指導できるのだろう。

 大久保自身、現在、指導者への気持ちが芽生えつつあり、C級ライセンス取得を決意した。今夏、FW大塚翔平(26)のプレー改善のため、自らコーチ役となり、居残り練習に付き合ったこともある。ゴール前でボールを受けても、すぐ、バックパスを選択する大塚に、1つ上のステップにいってほしいという思いからだった。大塚へは「ボールを受けて一歩重心が下がるから前にいけない。前傾姿勢を心掛けるように」など、実演も織り交ぜ、分かりやすい言葉で指導していたことが印象的だった。「前向きなミスならオレはお前に何も言わない」とも伝えていた。大久保は「神戸の時はただキレて終わりだった。でも、今は怒っているだけでなく、試合でも伝えるようになった」と振り返る。

 他クラブでも「蹴る止める」の基本を口酸っぱく指導しているのを見たことがある。川崎Fほどの浸透度がないのはなぜだろう…。「個の能力の差」と言う人もいるが、それだけではないと思う。実際、高卒2年目のFW三好康児(19)、DF板倉滉(19)、大卒ルーキーのFW長谷川竜也(22)ら若手もしっかり、公式戦で結果を残しているのだから。監督の「かみくだいて理解させる言葉の力」がチーム成長のカギ-。川崎Fを担当して1年半、そう確信した。【岩田千代巳】