今季Jリーグ移籍の目玉、川崎フロンターレからFC東京に新加入した元日本代表FW大久保嘉人(34)が開幕前インタビューに応じた。個人目標に掲げる2年ぶり4度目の得点王やJ1通算200ゴール到達への思い、まだ敵チームだった昨季途中から東京の改革に着手していた型破りも告白。25日の開幕鹿島戦(カシマ)から、首都クラブを悲願のリーグ初制覇に導く挑戦が始まる。

 最近、しわが増えた顔を鏡で見ると「うわ~老けたなぁ」と思う。一方で、大久保嘉の自信はみなぎる一方だ。「反対に、やれる気持ちが増してきている」。今年35歳。「若いころは引退する年齢だと思ってたけど、実際なってみると、できるなって思いしかない。年を取れば取るほど成長している気がする。昔は視野が狭かったけど、今は余裕がある。自信がある。体も軽いんよ」と、よどみなく言った。

 豪快キャラで通っているが「めっちゃ繊細よ。今回の移籍前も、めっちゃ不安になったし」という。「もし失敗したら…。まずはそこから考えたし、嫁や子供から反対もされたけど『チャレンジしたい』と。挑戦しないと、ずんだれる(だらしなくなる)。そんな人生、面白くないでしょ」。

 通算171得点のJ1最多記録を持ち、次は大台の200得点も見据える。あと29点。「昔は30(歳)で引退すると思ってたから、200点なんて考えもしなかったよ」。その30歳になった12年は神戸で26試合4得点に終わり、通算も「89」にとどまった。「計算してみたけど、これは無理だなぁと。ゴンさん(中山雅史)すごいなぁ、157点(当時最多)には届かんなぁと」。だが、翌13年から川崎Fで計82得点。わずか4季で、ほぼ倍増させた。

 それほど安住だったクラブを離れ、選んだ東京での挑戦。「川崎Fは正直、楽しかったよ。2年前も東京からオファーもらったんだけど、当時は出る気になれなかった。でも『嘉人は川崎Fだから得点王になれた』『憲剛さんからパスが出てくるから点が取れた』とか言われて、それが嫌で。見返したかった。だから、ほかのクラブでゴール数を減らすわけにはいかない。できるだけ早く200点に到達したいと思ってる」。

 そう自分を追い込む新天地の東京は、勝ち切れないシーズンが続き、昨季も年間9位に甘んじた。変えたい。昨年12月の天皇杯準々決勝、東京-川崎F戦で、まだ敵だったのにアドバイスを始めていた。「試合中に我慢できなくて…。(選手間の)距離感が遠くて相手としてはやりやすかったし、こうしたら嫌なチームになれるのになって。マークについたボランチの(田辺)草民に『早く戻らないと。そこにボールがきたら点が入っちゃうよ。スペース埋めとけよ』って教えてあげて。草民が『えっ』と驚いた瞬間、一気に走って抜き去った(笑い)。草民と面識? ないよ。初めて話したのがそれ」。東京には意識改革が必要-。本能が体を突き動かしていた。

 Jリーグで優勝経験はないが、09年1月に途中加入したドイツ1部ウォルフスブルクではブンデスリーガを制した。「なかなか負けない雰囲気があった。全然ダメな内容でも最後に追いついたり、勝ち越したり。しぶといチームが勝ち点を積み上げ、優勝する。東京も、そんなクラブに変えていきたい」。2年ぶり4度目の得点王と東京のリーグ初優勝。「思ったよりポテンシャルが高い。やれると思うよ、このチーム」。大久保嘉は期待に胸を膨らませ、プロ17年目の開幕の笛を待っている。【木下淳】

 ◆大久保嘉人(おおくぼ・よしと)1982年(昭57)6月9日、福岡県苅田町生まれ。南原小1年時にサッカーを始め、長崎・国見高3年時に総体、国体、選手権の全国高校3冠を達成。01年にC大阪入り。04年にスペイン1部マジョルカ移籍。06年に復帰したC大阪から神戸、ドイツ1部ウォルフスブルク、神戸復帰をへて13年から川崎F。同年からJ1史上初の3年連続得点王に輝く。日本代表は04年アテネ五輪と10、14年のW杯に連続出場。国際Aマッチ通算60試合6得点。家族は夫人と3男。170センチ、73キロ。血液型A。