新型コロナウイルス感染拡大の影響で、国内外のサッカーリーグ、代表の国際試合は中断、中止を余儀なくされている。 生のサッカーの醍醐味(だいごみ)が伝えられない中、日刊スポーツでは「マイメモリーズ」と題し、歴史的な一戦から、ふとした場面に至るまで、各担当記者が立ち会った印象的な瞬間を紹介する。

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漫画にもないような、川崎フロンターレの劇的すぎる初優勝だった。昨年10月26日、埼玉スタジアムで行われたルヴァン杯決勝。DF谷口が退場し10人の劣勢になりながらも土壇場で3-3と追いつきPK戦へ。PKでは川崎Fが先に外し、絶体絶命のピンチになるも、守護神・新井が北海道コンサドーレ札幌の5人目、6人目のキッカーを続けて止めて、熱戦に終止符を打った。

2得点したエースFW小林、MVPに輝いたGK新井、「外せば終わり」の状況で5人目のPKを決めたMF家長とヒーローが多い中、6人目のキッカーを全うしたMF長谷川竜也(26)の姿が脳裏に焼き付いている。

新井が札幌の5人目キッカーのPKをスーパーセーブした瞬間、川崎Fのベンチとスタンドがわき上がった。その中で、冷静に精神を集中していたのが、6人目のキッカー長谷川だった。外せば再び崖っぷち…。川崎Fは過去2度のリーグ優勝も、カップ戦のタイトルとは無縁。ここで負ければ「一発勝負に弱い」のイメージを払拭(ふっしょく)できずに終わる。クラブの命運を左右しかねない大事なキックだった。

長谷川は、PKスポットに立つと、大きく深呼吸し目を閉じた。蹴る方向は決めていた。ふかすことなく左上に突き刺すと、スタンドに向かって大きくほえた。初優勝への“たすき”をつないだ大仕事だった。

優勝してからしばらくたったある日、長谷川にPK場面について聞いてみた。

長谷川 極限でしたよ。自分が決めなければ、サドンデスだし勝てないと思っていた。まじでやばかったですよ、気持ちは…。人生で一番緊張しました。

プロ入りしてPKを蹴るのは、18年の天皇杯3回戦・J2水戸ホーリーホック戦以来、2度目だった。「正直、人生がかかった初めてのPK。蹴る前に、迷ってはダメ、とにかく自分で自信をもって蹴られる方向にと。強く蹴るのではなく、しっかりと力まずにちゃんとした所に当てようと。今でもそのシーンを思い出すと、もう…」と笑みを浮かべながらも言葉を震わせた。

6人目の長谷川のキック成功、続く新井のセーブで優勝し、最も胸をなで下ろしていたのは、7人目のキッカーだった21歳のMF田中碧だ。長谷川が決めた直後、田中は「どこに蹴ろう…。真ん中、いや、真ん中はダメだ、上は…。上だとバーを越える…」と頭の中で迷い続け「もう無理!!」と思った瞬間、新井がセーブ。田中は「まじでほっとしました。来ていたと思うとぞっとします…」。

記者席から見ていても、勝利の女神がどちらにほほえむか、最後まで分からない試合だった。この試合のPK戦のハイライトを見る度に、結果が分かっていてもドキドキする。究極の緊張の中で、カップ戦初タイトルを手にした川崎Fが、また強くなると感じた試合でもあった。【岩田千代巳】